どんなところで繰り返されている?


第三者が介入しづらく、第三者の目が届きにくい、家庭内や施設内という箱物の中や、住んでいる住宅の外、通っている学校や職場でも・・・、暴力は繰り返されています。

      標的になってしまった被害者。暴力を繰り返す加害者。

決して、他人事では無い、第三者の目を避ける暴力は → → → 繰り返されている


暴力の具体例としては、

身体的な暴力としては、
「殴る・蹴る」はもちろんの事、手に持った物を「人へ向かって投げる・物へ向かって投げつける」「髪の毛を引っ張る・勝手に切る」「押し倒す」「強制的なセックス(レイプ)」などなど、すべて被害者の心へ恐怖を植え付ける行為なのです。

言葉(精神的)の暴力としては、
話しかけると「無視」または「うるさい」、食事を作ると「こんな物、食えるか」などと、被害者を否定する態度。 そして感謝の押し売りも「俺が働いているから・・」「お前みたいなブスを拾ってやったんだ」など、腕力を使わなくとも、言葉の暴力は、心に突き刺さる。言われたら誰でもイヤな気分を味わう、そんな言葉はたくさんありますね。

経済的な暴力としては、
「お金を入れない」「僅かな金額のみ」「お金を盗む」などもあります。
生活を送るにはお金は必要、その事を知っているはずの加害者なのに、被害者から手足をもぎ取るように被害者が働く事も拒む、 『お金』って無いとストレスが沸きます、 また、自分のお金を盗まれたならば、たとえ家族でも被害者の心を蝕む。

精神的な暴力は、
第三者には理解しにくく、被害者は発信しづらい、という大きなデメリットがあり、そのデメリットを利用するように、加害者は繰り返す。
また、精神的な暴力は、被害者自身でも直ぐに気付くことが、難しい場合もあります。
そのためなのか・・、被害者が気付いたとき、被害者の心はボロボロです


加害者と被害者の意識の違い。

加害者は被害者を傷つけている意識や暴力を振るっている意識が、全くない。
そのため、いつものように寄り添ってくる・・・、被害者にとっては、最悪の事態です。

どうして、被害者と加害者の意識に・・こんなにも差があるのだろうか・・・・・

暴力の形は様々ですが、
加害者には『加害者意識がない・・』むしろ被害者意識が強い、
そのため加害者には自覚が生まれない、この点も大きな課題だと考えています。

暴力を「ふざけている」「じゃれ合い」「コミュニケーション」と、訴える加害者。
恐怖を笑ってごまかすなど被害者の消極性が加害者には「喜んでいる」と伝わってしまうかも・・

そして、加害者が直接、被害者に暴力をふるっていなくとも・・、被害者を作り上げてしまう時があります。例えば、目の前で誰かが殴られている、また、飼っている小動物への虐待などを、目撃した場合や、大切な家族、大切な友だちの話を聞いている、だけなのに・・被害を被るときがあります、気をつけて下さいね。

暴力とは、それほどまでに恐怖を植え付けるものなのです。



暴力が繰り返されると、被害者に起こる症状は・・、

ごく自然に笑顔が消える。無表情になり視線は、空よりも地面を見つめてしまう。
話すことが大好きな人でも、言葉を使うことに、声を出すことに、脅えてしまう。

目に見えない心の病は
“お腹が痛い”、“頭が痛い” などの痛みから始まると、全身に不調和のシグナルが『だるい』とか『いつも疲れている』などの心身症へと心の病が加速し、“鬱”へ、と繋げてしまうかも知れません。

誰でもどんな人でも暴力(恐怖)を受け続ければ「鬱」になってしまいます。
鬱以外の精神的な症状には「不安・パニック・PTSDの症状(フラッシュバック)など様々な病が待ち構えています、被害者の心は閉ざされ、全てのことに興味を失い、自分を見失い、自信を失い、無気力になってしまう・・のです。


大きな問題が隠れています

例えば、被害者が「殴るのはやめて」とか「そんな事を言わないで」などと、
加害者へ『暴力拒否』を訴えると、暴力は加速します。または 「いいじゃないか」と「じゃれ合い」などと、さらっと流してしまいます。

被害者の訴えは、加害者の耳に何も届かず、加害者の自己中心的暴力は続いてしまいます。

また、加害者本人に言っても無駄と判断し、加害者の親や家族に、暴力を受けていることを訴えると、逆に「あなたが悪いんじゃない」と、返されてしまいます。

   加害者家族にも、加害者が繰り返す暴力行為は、何も伝わらないのです。

子どもを殴る行為を指摘しても「しつけです」とか「我が家のしつけに口を挟まないで下さい」などと怒り、子供に愛情を掛けている事を強調します。


なぜ、被害者の声が届かないのか・・?

それは、暴力を暴力とは認識できない、加害者の無意識な行動のためだからです、

「ふざけているだけ」「面白いから、からかっているだけ」などと言う加害者は、自分の行動は、正当なもの “これは愛情の一環なんだ”、と、強い意志を持っています。

そんな加害者の暴力は、
加害者にとって、極々普通の行為のため、日常的に繰り返されるのです。

被害者が受けるダメージは『暴力という恐怖』と『被害者自身の存在否定』が組み込まれ、容赦なく “二次・三次” 被害として心に大きな傷をつくってしまいます。

            これは重大な問題なのです。

そして、暴力を振るう親と暮らす子供は、家族に訴えても、助けてもらえない・・。
この子を救えるのは・・だれ・・?


暴力を振るわれているのに、なぜ、逃げないのか・・、

次のページでは、家庭内暴力から逃げられない8つの理由として記している
【ドメスティック・バイオレンス/被害者と加害者の癒し】西尾和美の本を元に掲載、

この本の中には、様々な暴力や虐めに共通する内容がわかりやすく記載されています。
私の体験なども、一例として、一緒にご紹介させて頂きます。

もしも、よろしければ、一緒に考えてみてくださいね。
あなたのご意見をお待ちしています。