㉑ ぼろぼろ、クタクタ・・(心の悲鳴)

ここ1年、毎日「もういいよ、よく頑張ったね。大丈夫、貴方がこのまま寝込んでも、誰も貴方を責めないよ」と、優しい囁きが聞こえてくる。

『その声に甘えたい・・』と、思いを寄せながら、崖っぷちを歩き続ける、
ほんのちょっと気を緩めれば、足を踏み外せば、そのまま寝込める・・そんな日々を刻む。


悠季と未夢の『原因不明の体調不良は、ずーと、続いている』とは、言っても、病院で診察を受けた訳ではない、ただ言える事は日を重ねる事によって悪化している事だった。

そんな日々を刻んでいると・・、今年も迎えた、魔の2月末、悠季がダウン、後を追って未夢も翌日ダウン。昨年同様に今年も2人揃ってインフルエンザを患った。

昨年はインフルエンザの脅威に見舞われた2人は、共にたっぷりと1週間強寝込んだ。振り返ると、この時から始まった気怠さが、マンネリし今年を迎えたようです。すると、この気怠さが勝ったのかインフルエンザの煩わしさが、全くない。そんな未夢は1日で床を離れ、悠季は3日目に床を離れた。


そんな2人が好んで居る場所はリビングに作ったコタツの中、ぬくぬく、ほかほか、このままここに居た~い~、猫の気持ちが解る~ (^0^) ゴロゴロと・・時を刻む。以外にもこの空間はマンネリした気怠さとぴったりマッチし心地よく、動きたくない、何もしたくない・・と、時を刻む。

『これが “病は気から” って、いうのかなぁ~』と、バカな事を過ぎらせる未夢。
そんな未夢の隣にいる悠季は、目から大粒の涙・・が、こぼれ落ちた。


「苦しいの? まだ辛いの?」と、声を掛ける未夢の手が、悠季のおでこへ。
「大丈夫」と、はっきりと応えた悠季の首が横に動くと、涙を拭いた。
「どうしたの・・?」
「チャッピー(愛犬)ね、偽善さんが行くと『ウーー』って、うなるんだ。」

話し始めた悠季だったが・・・口を閉じる。
辛そうな表情を滲ませる悠季を見つめた未夢が、口を開く、

「そうか・・、そう言えばね、ママは、チャッピーに怒られたことがないな~ぁ。
でもね、ママは、チャッピーに怒られる、と思っていたんだ、
だってチャッピーは、悠季の大切な友だちでしょ、だからね、悠季の代わりに・・、(^O^)
でもね、ママを見たチャッピーは、しっぽを振ってくれたの、嬉しかったな~ぁ。」

1つの想い出が語られると、話している人も聞いている人も、その話の中に潜む言葉から“何か”を思い出す。それは、まるで連想ゲームのように次から次へと想い出が甦る。

「チャッピーは、優しいよ。」と、にこっ、と笑みを見せる。
そんな悠季の顔は、まるで子どもを自慢する親の顔に似ていた。

「あのね、偽善さんと、チャッピーと、悠ちゃんで、川へ遊びに行ったんだぁ。
その時、悠ちゃん滑っちゃって、川へ落っこちゃったんだ。
びっくりして『助けて、助けて』って、叫んだんだ。
それなのに、
偽善さんは、助けてくれなかった笑って見ていた
悠ちゃんは、何度も、何度も、叫んだのに・・・」と、

口に力を込めて涙を食いしばる悠季は、その当時の恐怖を甦らせて・・・下を向く、

「でもね、チャッピーが助けてくれたの。」と、顔を持ち上げて未夢へ優しい笑みを広げた。
そんな悠季は、自分の気持ちを切り替えるように、チャッピーの姿に思いを寄せる。

「よかった、よかったね~、チャッピーに感謝だね。偉いね~チャッピーは、」
悠季から笑みをもらった未夢も悠季へ笑みを返す。

「うん、悠ちゃんのところまで、泳いできてくれたの、
悠ちゃんがチャッピーに触ったら、沈んじゃって(にこ)、
チャッピーびっくりして、悠ちゃんから少し離れて泳いでいた。(にこ)
そのときね、
チャッピーが『こうやって泳ぐんだよ』って、言っているみたいだった。
だからね、
悠ちゃん、チャッピーの真似をして、一生懸命に、手を動かしたんだ。(^^)v
そしたね、泳げたよ。」


一言、一言を、ゆっくり話す悠季、その表情は、思い出すのも、話すのも、とても苦しそう。まるで苦し過ぎるから、声に、言葉に、している・・そんな様子、なのに・・自分の気持ちを和らげるように、ジェスチャーを交えたり笑みまでも滲ませる。


「良かったね、悠季も犬かきが得意だね、わんわん」悠季の思いを受け取る未夢・・茶化す。

未夢は悠季の話に出てくる『偽善へ怒る』と、自分が抱いた『偽善への恐怖』を思い出した。当時、台所で中華鍋を振っていると、突然、髪が燃えるくさい匂いに振り向いた、すると背中から立ち上る赤い炎と偽善の不気味な笑みを同時に目にした。そんな偽善の顔が、未夢を冷静にさせ洋服を脱ぎ火を消した。この時の服は半分以上が黒い燃えかす、偽善の顔は『な~んだ、死なないのか、死ね』と、言っているようながっかり顔・・だった。

ゆっくりと悠季の話が続く。

「チャッピーの赤ちゃんが生まれたの。
白いのと、黒いのと、チャッピーと同じ色(黒白)の赤ちゃん、全部で4匹生まれたの。
みんな、ちっちゃくて、可愛かったよ。でもね・・・、みんな、死んじゃた。」

いきなり話を切った悠季は、下を向き、まるで、記憶を遡っているかのように・・、とても複雑な表情を浮かべた、が、未夢へ視線を送ると・・気を遣うように、微笑んだ。


「お母さんのところでね、子猫が生まれたの。それでね、もらったんだ。
そしたら、偽善さんが台所で首を絞めていた、(下を向いて食いしばり・・、)
だからね、悠ちゃんが偽善さんから取り上げて、悠ちゃんの布団で一緒に寝たんだ。
こんなに小さくて、可愛かったよ。」


両手で猫の大きさを示すと目を閉じた、そんな悠季の手の中には、まるで子猫が居るように、
顔をスリスリ・・、すると、目を開けた悠季の視線は、未夢へ、


「でもね、朝起きたら、コタツのテーブルの上で死んでいた。(キッー、怒り顔)
あれは、(視線は遠くへ・・) 偽善さんが殺したんだ。」


優しい顔を、怒りの顔に変えて・・涙する悠季。
未夢は、言葉が浮かばない・・・。


「でもね、お母さんに見つかって、偽善さん怒られていた。(未夢が頷く)
そしてね『もう一回あげるから、今度は、殺したらダメだよ』って、言われてもらってきたけど、
次の日の朝、コタツの側でんでいた。」

悲痛な表情のまま未夢へ視線を送る悠季。
悠季の話しに呑み込まれた・・未夢・・全ての音が消え言葉も消えた。

父親の偽善が『子猫の首を絞める』そのシーンを子どもの悠季が目撃
子猫の首を絞める父親の手から、子猫を助ける恐怖
悠季の手で助けたのに、子猫の死を目撃、自分の無力さに落胆

この出来事で悠季自身が抱えた『ショック』『恐怖』『怒り』そして『無力な自分』

その当時に悠季が受けた全ての思いを、未夢が受け取るように、恐怖に、放心・・
気がつくと悠季の視線を浴びていた・・・、でも言葉が・・、言葉が・・ない、

そんな未夢が口を開くと、
「赤ちゃん・・可哀想だね、可愛いのに・・、可愛かった、でしょ」

やっとの思いで喋った言葉だったが、未夢は自分が情けなくて情けなくて悔しかった。
それでも、悠季は未夢の思いに応えるように、

「うん、可愛かった。
悠ちゃんの手に乗るんだ、毛も柔らかくて、気持ちいいんだ~ぁ。」

目をつぶり、子猫の赤ちゃんを思い出せば、殺された子猫の赤ちゃんも・・思い出す。

そのとき、悲鳴のような声で「ママのお腹の中へ、戻りたーい」と、叫ぶ、
『過去を消したい、全て消したい、今一度、やり直したい』と、悲鳴を訴える。

未夢のお腹に抱きついて、泣き崩れた、その姿は『過去から逃げ惑う』そのものだった。
泣き続ける悠季を、未夢は、ただ抱きしめることしか出来なかった。

突然、顔を持ち上げると、

「『ママと暮らしたい』って、言った時、偽善さんが怒鳴った。『お前までもが俺を捨てるのか』って言って殴った。ものすご―く、こわかった、怖かった。」 ワー---


当時の恐怖を思い出す悠季は、怒濤のように、しゃべり、大声で泣く、を繰り返す。


「ママに電話をした時、台所に居た偽善さんは、悠ちゃんに向かって何かを投げつけた
あのとき、なんとなく振り返ったら、悠ちゃんの目の前を何かが通り過ぎた。

振り向いたから、ぶつからなかったけど、
あの時に振り向かなかったら・・、ぶつかっていた。

ものすごーく、こわかった。恐かった。(ポロポロと泣く)

コタツで絵を描いていた時も、突然、後ろから何かが飛んできた。
悠ちゃんは何もしていないのに、飛んできた、

この時も、悠ちゃんが動いたから、ぶつからなかったけど、
もしも、動かなかったら、ぶつかっていた・・、

ほんとうに、ほんとうに、
ものすごーく、もの凄ーく、怖かった、怖かった。

このとき悠ちゃんは、何もしていないのに(悪い事、怒られる事)、
それなのに・・、飛んできた。」


当時の恐怖を語る悠季は、必死に、必死に、未夢へ伝え続ける。

『お前が悪いから、怒るんだ、殴るんだ』と、偽善から何度も言われ続けた悠季。
『何もしていないのに、怒った、殴った』と、訴える悠季。

他人には『殴っていない』と、応える偽善へ、
『偽善さんは、嘘つきだ、いつも殴られていた』と、訴える悠季。

思い出したくない、だから、話したくない、言葉にしたくない、当時に味わった恐怖。
それでも、今、必死に語ることで・・、悠季は自分の心と向き合っているのです。

記憶は、1つの単語で・・、1つの出来事から・・、記憶のループが巻き起こる。
出来事を思い出せば、その時に味わった感情までも甦る。

『怖かった』と何度も何度も繰り返しても、その当時に、悠季が味わった『恐怖』は語りきれない。


お母さんにも『ママと暮らしたい』って、言ったんだ。そしたらね『あっちは怖いところだから、ここで暮らした方がいい』と、言われた。だから、もう、ママと暮らすことをあきらめた。」

「ワァーーーー- 」

未夢の胸の中で声を張り上げて泣き続ける悠季、

この世に生を受け僅か3年で『孤独』を学び、『恐怖』を学び、『絶望』までも学んだ。

その人生は、逃げたくとも子供1人では逃げる術がない、だからこそ、大人に助けを求める。自分の意思を伝える。ても、誰1人として耳を傾けてはくれない・・、子供はひとりぼっちで、ただ、孤独と向き合い、孤独を抱きしめる事しかできない・・それはただ耐えつづける、、だけ、、・・・・・あまりにも酷い・・。

そんな時を刻んだ悠季なのに、自分の心の中に封印せず、今、未夢へ語り続ける。

悠季の話を聞く未夢は『ほんとうに、連れてきて良かった』と噛みしめると、同時に『生きていてくれて、ほんとうに、本当に、ありがとう、悠季、よく頑張った』と、感謝の思いでいっぱい。

悠季が『お母さん』と呼んでいる人は偽善の兄の奥様、岩手で暮らす悠季が、一番、信頼を寄せていた人。この人に否定されてしまったら、悠季は諦めるしかなかった。ただ言えることは、子供がこれほどまでに大人に『助けを求めている時』は、自分の命の危険を察知したからです。

大人の証言ほど当てにならないものはない。

偽善の実家も、悠季が信頼を寄せていたお母さんも、偽善の暴力を知っている。
それでも『虐待はしていない』と、主張し続けて『子煩悩の評価も得た』

殴る・蹴る・脅迫はもちろん虐待だ、動物を殺すのも虐待だ。しかも、悠季が目にするところに “わざと置く” ことも虐待だ。川で助けなかったことも虐待だ。ご飯をあげないのも虐待だ。意味のない怒鳴り声も脅迫であり虐待だ。モノを投げる行為も虐待だ。

それら全てを知っている偽善を含めた家族は、『』だと主張している。
虐待とは弱者の心に傷を付ける』事である。

1番の問題点は、他人以外の家族が知りながら、虐待として見ていない事だ。
加害者は『被害者意識が強い』だから、美会社を作り上げていることに気づけないのかも知れない、また、加害者は被害者の思いを・・まったく、考えない、だから届かない。

悠季が『死ぬのが恐い』と連呼した、その意味が、はっきり判った。
悠季は偽善の元で常に「次、殺されるのは、私だ」と、思っていたと考えられる。



㉒ ある人 VS 無い人(虐待・暴力体験)

悠季の話を聞いていた未夢は、その話の内容に呑み込まれた。
そんな未夢が抱えた恐怖は、心が受け入れる許容量を遙かに超えて、気がつくと・・漏れていた。

悠季が眠りに就いた事も・・、慎也が帰ってきた事も・・、そんな慎也に夕食を出した事も・・、慎也の向かいに座り、話していた事も・・、未夢には何もかも・・記憶がない。

未夢は、目を開いているのに、行動を起こしているのに・・、全て、無意識だった・・。

「そんなことあり得ない!」遙か遠くから慎也の怒鳴り声が・・、聞こえてくる。「嘘だよ! 悠季ちゃんが何か、勘違いをしているんだよ! そんなことをする訳がないだろう!!

突然、聞こえてきた慎也の怒鳴り声は、未夢を現実の時間へ戻す、

『えっ・・今・・、私、何か、話をしていた?  あれ、慎也、いつ、帰ってきた? 何で、夕食がある?』と、あたりを見渡す未夢・・すると徐々に・・未夢の意識が・・正常になる。

未夢の目の前に座る慎也、その顔は・・怒りに震えていた、そのとき、

「嘘なんかついていない、悠季は本当のことを言っている。
私は、悠季を信じているし、偽善さんならば、やりかねない、イヤ、やると思う。」

未夢の怒りに火が付き、赤い炎は高く上る。

「いい加減にしろよ! やる訳がないだろう、父親なんだから」と、未夢へ『黙れ!』と怒鳴る。

慎也は、父親という人間像を高く評価し尊敬している。
そんな慎也が抱く父親像という眼鏡は、暴力を振るう偽善さえも“素晴らしい父親だ”と写る。
そのため『子供へ暴力を振る訳がない』それは『暴力ではなく、躾なんだ』と、主張する。

慎也の感情が飛ぶ。
未夢は慎也から固定観念をぶつけられた。

「慎也には解らないのよ、今までに、そういう人に出会った事なんか、ないからね、
幸せな人生を歩んできたんだもんね、解る訳がないわよね!」と、未夢も感情を飛ばす。

「ああ解らないね、そうだよ、俺はそんな奴らに出会った事がないからなぁ、
幸せな人生を歩んできたからな!」と、慎也が開き直った。

慎也の開き直りの言葉が未夢を冷静にした。『私は何に対して怒っている・・?』と、自問自答『そうだ、悠季の話を嘘と言われた、それは、悠季だけを否定する言葉ではなく、未夢自身も否定された』と、 事実を嘘と言い放す慎也への怒り・・だ、と。

静止する空気に・・、未夢はゆっくり、静かに、口を開き、喋り始めた。

「横浜で暮らしていた当時に、偽善さんは、犬を飼いたがっていたけれど、私は『お金がない、ペット禁止の部屋』を理由に、反対し続けた。 それでも、気になるから、私がバートへ行く前には、必ず『買ってこないで』と、再三に渡って言い続けた。

そんなある日、私がパートから戻ると部屋の中に子猫がいたの。
ちっちゃくて、まん丸の目をした可愛い子猫、・・・言葉が出なかった、
すると『安かったから、カードで買ってきた、6万円』と、ヘラヘラしながら言った。

そんな偽善の言葉や態度に、私はぶち切れた、あんなに何度も言ったのに・・の思いが、
『私は、面倒を見ないから』と、言葉を吐き捨てて偽善さんに背を向けた、
その時『死んじまえ!』の声と共に、私の目の前を子猫が通過した。

でも、子猫は立ち上がった、それなのに偽善さんは子猫を鷲掴みして『死ね!』って、足下に叩き付けたり、壁に向かって投げつけたり、それでも子猫は立ち上がってくれた。この間、私は何度も『止めて』って叫んだ、 でも止まらないから、子猫を投げる方向へ私が飛び込んだ。
すると、驚いた顔を見せて、パチンコへ行った。」

慎也の顔は未だに怒り・・の表情。

「偽善さんが感情的に暴力を振るう事は、私も知っている。
横浜に住んでいる時は、私への暴力が続いたし、手当たり次第に、物を投げつける癖もある。

場面は関係ない、どんな時でも偽善さんの感情が怒りに震えたら、まず、物を投げる。

例えば、食事をしている時でも、何が気に入らないのか、突然、テーブルの上にある、食器やおかず、ガス台にのっている鍋も投げつけたこともある。 また、何かを思い出したのか、偽善さんの感情が高ぶると、私が、例えお風呂に入っていても、扉を開いて物を投げ込んだ。

なぜ怒るのか、そのタイミングは・・全く、つかめなかった。
それでも言える事は、偽善さんが『俺に逆らった』と、思ったその瞬間だと思う。

そんな偽善さんに『止めて』と、声を上げれば、“逆らった” と思うのか、暴力が続いた。
だから、私は、涙を見せず『さあ、殺せ』って開き直った、すると止めた。

そんな、偽善さんを良太も怖がっていた。それでも悠季のことだけは、可愛がっていた、
子猫は、悠季が欲しがったから買った、と、言っていたし・・。」

全く慎也の声が聞こえない、それだけじゃない、表情にも変化は無かった。むしろ『何、言っているんだ』と、呆れているかのように未夢に対して、横を向いたまま、前を見つめて怒っていた。

「慎也に解ってもらいたい事は、偽善さんが起こした出来事じゃない。
そんな事は、解ってくれなくてもいい、どうでもいい。

そうじゃなくて、今も、悠季は、怯えている事を知って欲しい、解って欲しい。
悠季は、嘘をついていない、悠季を信じて欲しい
ただ、それだけだから・・。」

口を閉ざした未夢の視線が慎也へ流れたが、口は動く気配など全く無く、姿勢にも、表情にも、何の変化もなかった。 その事に落胆した未夢は、慎也の前に座り続ける事が出来ずに立ち去った。

慎也を信じ切っていた未夢にとって、慎也には何も伝わらない事を悟ると、
この時の出来事は、大きなショックとなり、心の中で大きな塊となった。

そんな未夢は、必死に自分に言い聞かせる。
誰だって人の痛みなど解る訳がない、解らなくて当たり前。 自分が体験していなければ、到底、理解など出来る訳がない、それは、慎也も例外では無かった、これが現実、自覚せよ、所詮こんなもの・・と、心の中で繰り返し繰り返し自分に言い聞かせる・・未夢。



㉓暴力は伝染する?

家族という信頼の絆は『安心』という土台があればこそ生まれる。
そして、安心という土台は『信頼』という絆を育てる。

未夢は、慎也に対して絶対的な安心と信頼を寄せていた。だからこそ、自分の思いを、何でも言葉に出来た。この流れは、未夢の心を救い、ストレスを貯めずに、日々の時を刻めた。

ところが、今回の出来事によって未夢は、話す事によって心の傷を深くする事を知った。
すると、自分の心を守るために、慎也に対しても無意識に話す内容を選ぶようになった。

そんな未夢に大きな問題が2つ浮上した。
1つには『話してはいけない』と、思う気持ちが導く無意識な行動は、口を開く事さえも拒む。すると、何気ない会話すらも出来なくなり、心には想像を超えるストレスを抱え込んだ。これが2つ目である。

言葉を使えない現状は、心にストレスを埋め込む。
家庭内から言葉が消える、それだけじゃない、イライラが大きく膨らむ。

そんな未夢が口を開くと「うるさい」「止めて」「ヤダ」の否定単語のみを使い、自分の居場所も消した、その当時の未夢の居場所は、台所のみ、しかも、カウンターの中だけ・・となる。

そんな環境で時を刻む未夢は、息苦しさが増す・・。
すると、慎也が家にいれば、慎也を目にすれば、未夢の視線は下へ、心はイライラを募らせた。

そんな日々の時が、どんどん積み重なった、ある日曜日の時だった。

  慎也は、いつものように、畳の上で寝転んでいる。
  未夢も、いつものように、台所のカウンターの中にいた。

そして、未夢の口もいつものように「そんなところで寝ないでよ」と、理由無き怒りを飛ばした。
その時、突然、すくっと立ち上がった慎也は、両腕を下へ手は怒りを込めるように拳を握りしめた。

「うるさいんだよ!」と、『我慢の限界だ』と、大声で叫んだ。

その怒鳴り声は、物の見事に未夢の心臓をぶち抜いた、呆然と立ちすくむ未夢。そんな未夢を目の当たりにした慎也は、一瞬、戸惑いながらも『怒鳴る事によって、未夢の口を封じた』と、この事実に驚きながらも、爽快感も体験した慎也の顔が・・・緩んだ。

慎也が学んだ『怒鳴る』という行為は、この時を境に未夢へ飛ばし続ける。

始めは意識して怒鳴っていた慎也だったが、回数を重ねる事によって『怒鳴る』事への罪悪感が消え、 未夢の口が開く前に、“怒鳴り”、未夢の口を封じた。 この絶妙なタイミングを知った慎也は、暴力を振るう加害者の道を歩む、『怒鳴る』『怯える』それらの出来事に笑みを浮かべた。

正に、虐待者であり支配者となった慎也は、暴力を振るう加害者が見せる『優越感』の笑みを広げる。
そして、この喜びを得るために、怒鳴る回数を増やし悪魔の笑みを光らせた。


加害者となった慎也には、未夢の異変など目に入らない。


未夢は、怒鳴られ続ける事によって、台所から動けず、姿までも消すように、カウンターの中で、しゃがみ込むと、声を殺して泣く日々を送っていた。
そんな未夢は、慎也が怖いのか・・、怒鳴られる事が怖いのか・・、自分の行動が理解できず、口を開く事も、しゃべる事も、許されない環境の中で、ただ、止まらない涙を流し続けていた。

そんな未夢が、カウンターの中から顔を出した。
その瞬間に、慎也の怒鳴り声も飛んだ。

カウンターの中へ潜り込んだ未夢、涙が止まらない・・止まらない・・、
泣くことに疲れ切り覚悟を決めた未夢が・・立ち上がる、

「最近の慎也は怒ってばっかり、そんなに怒ってばかりいるのなら、私は、この家を出て行く。
出て行きたー ー ー い。」と、大声を張り上げて、しゃがみ込むと、声を張り上げて泣き続けた。

慎也は、驚いた顔のまま・・固まる、未夢の叫び声に、始めて耳を傾けた、慎也、
『自分が、怒鳴っている』そのことに、始めて、気付く・・

慎也は、この時を境に『怒鳴る』事を止めた、が・・、

  怒鳴る行為を学ぶ時は、とても楽しそうな顔を見せていたのに・・、
  怒鳴る行為を止める時の慎也の顔は・・とても苦しそうだった。

家庭崩壊が生まれるタイミングは、安心という家庭の中に潜む、家族が抱える不安な心である。

共に暮らす家族でも、気遣いがあるからこそ、相手への労りや思いやりが生まれる。
だから、悩みながらも同じ道を歩むことが出来る・・・と思う。