⑰ 父親(呼び名の意味)

出会いがあれば別れがある。そして『別れ』・・には、様々な形がある。
また、避ける事が出来ないのも・・『別れ』なのです。


突然、岩手の友だちと別れ、せっかく出来た幼稚園の友だちとも卒業という流れの中で・・別れた。
そんな悠季にとっては『別れ』とは、辛く、2度と味わいたくない出来事の1つなのです。


春休みになり元気の無い悠季を見つめて、「何か・・」と、考えていた未夢の目に飛び込んできたのは、 ポストの中に入っていた一枚のチラシだった、電話にて問い合わせた後に面接へ行った。

面接の対象者は、親の未夢ではなく、
始めから子どもの悠季に、焦点を合わせて行われた。

「あなたのお名前は?」から始まった質問は、年齢・電話番号・住所・・と続き、悠季は得意げに、にこにこしながら答えていく、 そんな悠季の隣に座る未夢は『スゴイ・・教えた覚えないのに・・』と、悠季の答えに驚いていると・・、突然、口を閉ざした。

以後、悠季の口は開く事なく・・面接を終えた。

悠季の口は車に乗っても、家へ戻っても・・全く開く気配すらないままに、絵を描き始めた。
悠季を見つめ続けてきた未夢は、何気に悠季の隣に座り・・、声を掛けた。

「面接の時に『お父さんのお名前は?』って、聞かれたじゃない。
悠季は、応えられなかったでしょ、なぜ、かな、困ったの?」と、軽い気持ちで問う未夢。

「偽善さんと一緒に暮らしてきたし・・、 
でも、偽善さんの名前を言いたくないし、・・・困った。」

下を向いたまま、一言、一言を、こぼすように話し、涙もこぼれ落ちた。
そんな悠季を抱きかかえた未夢は、

「そうだよね、困るよね、困ったね、悠季は、良い子だね。」
悠季の頭を撫でる未夢は『私と違う・・良かった』と、心が、ホッとしていた。

「悠季、約束して欲しいの『自分に嘘をつかない』って。
いつでも、どんなときでも、 悠季の気持ちを大切にして、欲しい。

悠季の思いを、そのままに言葉にして、良いんだから、ねっ。
いつでも、どんなときでも、自分に、嘘をつく事だけは、止めてね。」

未夢の腕の中に居る悠季の顔が持ち上がると、涙を拭いた。

「悠季は、どうして、慎也の事を『パパ』って、呼んでいるの?
いいんだよ、無理に慎也の事をパパと呼ばなくても。」

悠季は、あるタイミングで、突然、偽善さんを名で呼び、慎也をパパと呼ぶようになった。
未夢も慎也も悠季に呼び名を強制した事はない、それは、悠季が決める事と考えているから。

「悠ちゃんは、ママと暮らしたかった。」

未夢と目を合わせて訴える、と、悠季の目から涙が落ちる・・、
そんな悠季を抱きかかえた、未夢、

「分かった、分かっているよ、ママも悠季と暮らしたかったょ。
ごめんね。
そうか、パパの名前か、ぁ・・、悩んじゃうね、ごめんね、
悠季にとっては、偽善さんがパパだもんね。」

言った瞬間に、

「あんなのパパじゃない。」と、いきなり大声で否定すると、涙をあふれさせた。
「ごめんね、いいんだよ、悠季が決めれば、いいんだからね。
無理をしないで、自分に嘘をつかないでね。」

泣き崩れる悠季を胸に抱く、未夢は、
脳裏の中で悠季の言葉を・・反復していた。

   『悠ちゃんは、ママと暮らしたかった』・・か、
   『私と暮らしたいから、慎也をパパと呼ぶのか・・?』と、過ぎらせると、

   そういえば、私が養父母を『お父さん、お母さん』と呼んだ切っ掛けは、
   『祖母の家へ戻りたくなかった』からだ、・・・改めて気付かされた。

   未夢は、悠季を見つめているのに自分の過去を甦らせていることに・・、気付いた。
   『これが子育て・・かも・・』、と、噛みしめる。

   悠季を通して甦る過去。
   その出来事によって、その当時に、心が抱えた悲痛さまでも、今、甦る。

 未夢は、悠季に掛けている言葉は、自分の過去にも掛けている事を・・知った。
 記憶の片隅においてきた、黒い思い出が、徐々に・・、塗り替えられていく・・。

大人の身勝手な行動に振り回されるのは、いつも・・・『子ども』。
どう対応すべきか、どう対処すべきか、悩むのも・・・『子ども』。

大変だなぁ、子どもは・・・。
      悠季を抱き、悠季を見つめる未夢は、自分の子ども時代を甦らせる。


⑰『可哀想』って言われたい(心の穴)

心が寂しがると・・何も浮かばない、そんなときは、
過去を振り返り『同情をもらえる出来事』を探して、伝える、
                         この流れはとても危険です。

悠季が小学校へ入学すると、間もなくPTAの集会があり未夢も参加した、そのとき、

「ねっ、貴方よね、『子どもが死んだのに生きている人』って、
 良く、生きていられるわね、
 私はダメだわ、
 子どもが死んだのに、自分だけが生きているなんて、信じられない、

 なぜ、あなたは死なないの、なんで生きているの。(怒りと苛立ちを震わせる)
 私だったら、絶対に死んでいる。

 だって、子どもが死んだのよ。ねっ、ねっ、生きていられる訳がないじゃない、
 絶対に死んでいるわよね。 ねっ、ねっ。

 貴方は、ほんと、良く生きているわね、死なないの?
 なんで、死なないの、信じられない、なんで生きていられるの・・」と。

何度も何度も同じ台詞を繰り返す・・この人は、『いったい何が言いたい?』と、耳を傾ける未夢。


この集会は、新一年生の親の親睦もテーマになっているため、1つのテーブルに5・6人が座りグループで話し合う形が取られていた。約2時間が過ぎると集会の終わりが告げられた。

その直後、未夢の背後に座る見ず知らずのこの人が声をかけてきた。振り向いた未夢に対して、自分を名乗らず、怒りの形相のまま軽蔑するように未夢を睨みつけるとヒステリックに罵声を飛ばし始めた。

 『子どもが死んだのに、何で生きているの、なんで死なないの』と、怒鳴り。
 座っているテーブルに身体と視線を戻すと『ねっ、ねっ、おかしいわよね』と、同意を求める。

未夢は、突発的なこの人の行動や言葉に驚きながらも、周りに居る人たちの “反応” にも驚いた。
甲高く響き渡るこの声を『聞き入る人』『下を向き続ける人』『スルーする人』と、正に、十人十色の行動は『誰1人としてこの人の口を止める人は・・いない』 この事実に・・寂しさを抱いた。

人は『見ず知らずの人』に、いとも簡単に『暴力』を振るうのか・・と。
言葉の暴力は『虐め』であり『心理的虐待』なのだ・・そんな言葉が横切る。

怒鳴り散らしているこの人を含めて、この場にいる人たち全員が虐待をしている。
その事に気づけないのが・・人なのだろうか、言葉は『目に見えない鋭い凶器

自分の思いは他人には伝わりにくい、また、意図しない方向から攻められる場合もある。

あれから、数日が過ぎた、ある時、

「虐められた、誰も遊んでくれない。」と、遊びに行った悠季が戻ってきた。
「じゃあ、ママとお話をしない?」と、未夢が声を掛けると、

悠季の頭上には沢山の疑問符が並んだ。

「悠季、悠季は良太が死んだ事をみんなに話しているでしょ、どうしてかな?」
「可哀想って言われたい。」

「そうか、可哀想って、言われたいんだ、」
「うん」
「そうだよね、悠季は、可哀想だよ、ごめんね。」

口を開かない悠季の顔には、疑問符が張り付き、頭が傾いた。

    心が『寂しい』と呟くと・・、
    過去の出来事から『可哀想』と思える話を探し、第三者に伝える。

    この流れは、一見、心を労っている・・ように見えますが、
    自分の心を労るよりも、心の病を悪化させてしまう行為なのです。

「ママはね、他人に『可哀想』って、思われるの嫌なんだ、
ママと悠季は、正反対だね。」笑みを広げる。

「どうして?」驚きの声を飛ばす悠季。

「良太は死んじゃったから、もう会えないけど、会えないから寂しいけど・・、
でもね、良太は、いつも笑っていたの、」

未夢はゆっくり良太の話を続けた。

「良太は、悠季が大好きで、お財布の中に悠季の写真を入れて、持ち歩いていたんだよ。
『かわいいだろう~、俺の妹なんだ、俺よりも頭がいいんだ。』って、
友だちやバイト先でも、みんなに、自慢をしていたらしいよ。」

にこにこしながら、未夢の話を聞き入る。

「悠季が歩くようになったら、良太、喜んでね、
『待っていました、この時を待っていたんだ。』なぁ~て、ねっ。

バイトが休みの日は『悠季かして』って、私に言うんだ。
それでね、悠季の着替えやおむつ、飲み物やおやつなどを入れた袋を持って、
嬉しそうに、悠季を連れて行くんだよ。

バイト先に連れて行ったり、
友だちと遊ぶときも連れて行ったりしていた。
悠季を自慢したくてしかたなかったみたいよ。

そんな悠季が、とても大切で、いつも心配していたよ、
学校の授業参観も、俺が行く、悠季が虐めに遭わないように、俺が守る、
なぁ~て、言っていたょ。

そうそう、死んでも悠季が心配で、毎夜、悠季に会いに来ていたよ。
その時の良太は、にこにこして、とても幸せそうな顔をして、
太陽が昇るまで、悠季だけをずーと見つめていた。
きっと、今でも、悠季のことを心配しているよ。」

良太の話が続く・・・。
そんな未夢の話を聞き入る悠季、
口は閉じられたまま、顔には優しい笑みを広げていた。

未夢は、良太の思いが、悠季に、ほんの少しでも伝わることを・・願う。

「本当はね、ママも良太の話をしちゃうんだ。
『お子さんは、何人?』って、聞かれたら
『上にもう1人、今は、別に暮らしています』なん~てね。」

悠季の顔に、ホッとする笑みが広がった、

「ママはね、悠季を産んだ事、良太を産んだ事、自慢なんだ。」

未夢の話はゆっくり続く。

「良太が死んだ時、ママの友だちは、みんな居なくなった。」
「どうして?」驚く悠季。

   可哀想と思われる事によって『友だちが出来る』と考えていた悠季にとっては、
   未夢が言った『友だちが居なくなった』の言葉に衝撃を受けた。

「親にとって、子どもを亡くしてしまう事は、一番、辛くて、一番、苦しくて、
一番、悲しい出来事なの、親は、自分の命なんかよりも子どもの方が、

ずーと、ずーと、比べものにならないほどに、大切なの、
だからね、子どもを失う事なんて、親は考えられないのよ

その子どもが、突然、死んでしまったら・・・・・、

そうね、親にとって子どもは、太陽みたいなもの。
だから、太陽が消えちゃうことなんて、考えられないでしょ、

その太陽が、突然、消えてしまったら・・・、真っ暗闇・・だ、もんね。
例え、沢山の子どもが居ても、親は、1人、1人が大切なのよ、

その子の代わりは、居ないからね。

つまりね、良太の代わりは居ない、
もちろん、悠季の代わりも居ない。
この世でたった1人なんだ、

そんな大切な子どもを失う・・辛さ・・苦しさ・・悲しさ・・、
その気持ちを理解できるからこそ、ママに声を掛ける言葉を失った・・、
だから、ママから去って行ったんじゃないかな・・ぁ、と思う。」

「だからね、ママは、良太が死んだ、という言葉は使わないの、
もしも、ママが言ったら・・、
聞いた人は、きっと、とても困ると思うから・・、」

悠季は、未夢の話を、まるで見守るように優しい笑みを広げて、聞き入っていた、

ところが、突然、
「死ぬのが怖い、死ぬのは怖い」と、怯えるように訴えた。

「そうだよね、それでいいんだよ、だから長生きしてね。ずーと、ずーと、生きていてね。」
「ママも~」と、明るく言った。


あれから、数日が過ぎた時、

「結構、つらいんだよね、」から始まった、悠季の話は、
「友だちのお母さんから『きょうだいは、いるの?』って、聞かれるの、

『ひとりっこ』って、思われるのが嫌だから、『いない』って、言いたくないし、
だからママと同じように『1人で暮らしている』って、言った。」にこにこ顔で報告をした悠季。

ごく当たりに交わされる話の中に、聞きたくない話、応えたくない話、・・がある。
でも・・、怯えるよりも、うまく交わせるようになれる・・と、いいね。


悠季が言った『死ぬのが怖い』この言葉は、未夢と一緒に暮らし始めた当初から、度々、言葉にしていた。未夢は、ずーと気になっていた。そして、この言葉の意味が、後に悠季の口から語られた。

心の底に隠れている『寂しい』と、思う気持ちは『孤独を怖れている』

   ひとりぼっちがイヤだから
   『誰でもいい、ただ側にいて、遊んで、』と、その場しのぎを求める。

   これは、友だちを求めているのではなく、ただ、時間つぶしをしているだけなのです、
   1人で時を刻む事に怖れているから、自分の心を紛らすために時を使っているだけ、

   そんな遊びは、楽しむ事も出来なければ、心も満足できないのです。
   そんな心は、常に不安を抱えて、怯えている。

   この不安が厄介なのは、
   心だけが不安がるのではなく、行動にも表れる事、つまり落ち着く事もできないのです。

 そんな子どもを、先生や親たちは、多動で問題児というレッテルを貼る、
 すると、先生や親は、生徒や自分の子どもに遊ぶことを禁止する。

 多動で問題児のレッテルを貼り付けられた悠季、気を紛らす事もできずに、時を刻む。
 すると、ひとりぼっちでいる事に耐えられず、

 心の中に、もう1人の自分を作ってしまう・・のかも知れません。


『なぜ、生きている』のかぁ・・か・・、他人に言われたくないな~ぁ。