⑮ アイススケート(逃げるよりも立ち向かう)

『心の病が体の病へ移行された?』と、思えたのはインフルエンザを患った後だった。病気は治ったはずなのに『何もしたくない、何も考えたくない』と、ゴロゴロと寝転ぶ時を刻む・・悠季と未夢。

幼稚園生活は、悠季に『自分を信じて、自分を取り戻せ』と、伝えたようです。
そんな悠季は『逃げるよりも、立ち向かえ』と、語るように、一歩、一歩、歩む。

そんな部屋の中に流れる空気は、常に、重い空気が漂い・・淀んでいた。
気力はもちろんのこと、体力も奪われていく・・そんな時間が刻まれていた。

「ねぇ、悠季の体調は、今一、だけど、何処かへ遊びに行かない? 気分転換をさせてあげたい。」
悠季の様子が気になる未夢は、この環境から抜け出す切っ掛けを模索し・・・慎也に提案した。

すると、
「スケートでも行くか、俺が教えてあげられるのは、それくらいだからな。そうだなぁ、できれば室外のスケートリンクがいいなぁ。景色を見ながら滑ったら、いい気分転換ができるんじゃないかぁ。」

未夢の問いかけに、速攻で応えた慎也のアイディアに乗って、
2日後の日曜日の朝、富士急のアイススケートリンクへ行った。

「悠ちゃんは滑らない」と、朝早く起こされた悠季の顔は膨れっ面、その思いが怒りに・・?
「せっかくここまで来たんだから、滑ろう、なっ」と、しゃがみ込んだ慎也が・・なだめる。

『滑らない』『滑ろう』の言葉が飛び交う中で、一歩、引いて見守っていた、未夢。
「分かった、悠季は滑らないのね、いいよ、」と、静かに言葉を流す未夢、が・・切れた。

そんな未夢が受付へ行くと、1日券と3足の靴を手にして2人の元へ戻った。慎也がスケート靴を持つと、未夢はキョロキョロと辺りを見回し、スケートリンク全体を見渡せる椅子を探し、荷物を置いた。

そして、未夢の手は悠季を抱きあげると、口を閉じたまま椅子に座らせて手だけを動かし、悠季の足にスケート靴を履かせると・・立たせた。すると、“ポコッ” と、何の違和感もなく立った。

その姿に未夢は驚いたが・・、「痛いところはない? 大丈夫?」と、平静を装う。
「うん、大丈夫」と、悠季から静かな返事が戻ってきた。

その後は、慎也が悠季を抱き上げるとリンクへ行った、その様子を見守っているのは、ベンチに座る未夢・・だった・・が、いつまでも慎也の腕の中にいる悠季を・・数回・・目にすると、

「ダメだ、こりゃ」と、声を漏らした未夢、
残っているスケート靴を履くと、未夢もスケートリンクへ飛び込み、1人で滑り始めた。

そのとき・・、「ママ、滑れるの? じゃあ、一緒に滑ろう♪」と、
未夢の背後から悠季の嬉しそうな声が飛んできた、その声に足を止めた未夢が振り向くと、

「ごめんね、ママ、下手だから、悠季と手をつないだら、転んじゃう、だから、ごめんね。」
と、寄ってきた悠季を拒んだ未夢は、再び、1人で滑りだした。


    「気持ちいい~」と、声を漏らす未夢・・、
    全身で感じる心地よさは、流れる空気の心地よさ。
    冷たい風が頬をくすぐり、風に揺れる木々の微笑み。
    景色を見渡せる、この・・開放感・・に、感謝の思いを乗せる。

    「やっぱり、凄いな~ぁ、自然は・・」改めて実感する未夢。


「後ろ、見てみろ」と、慎也の嬉しそうな声が、未夢を振り向かせた。
「あっ、滑ってる」喜ぶ未夢の声が飛ぶ。
「あれは、滑っている、というよりも歩いているなぁ、しかも、超、高速で」と

慎也と未夢の笑顔も飛ぶ。

「きっと、私が滑っているから、自分も出来ると思ったんだね。悠季は、いつも、そうなんだ。
『私が出来る事は、自分も出来る』と、小さい頃から思っているみたい。」

   悠季の真剣な表情、その集中力、未夢は、久しぶりに目にした。
   悠季を見つめる未夢と慎也は、滑りながら会話も弾ませた。

「5月のゴールデンウイークの時だったな~ぁ、突然『海へ行きたい』って、言うんだ。
しかも、朝、朝だよ、驚いたよ~、
海を、1度も見たことがないのに、それなのに、顔は、真剣なんだぁ~。

それでね、急いで支度をして、海へ、行ったんだぁ。それなのに・・、
海を目の前にして、驚いたのか・・、ビビったのか・・、腰引けちゃって、
全く、海に近寄らなくて、今、思い出しても、笑える (#^.^#)。

だからね、私が海の中へ入って、波を飛び越えたり、走り回ったり・・、
めちゃくちゃ、楽しそうに遊んで見せた、(^^)v 

砂浜にいる悠季は、微妙~な、顔をして、私をじーと見ていた、
暫くすると、ねっ、不安げな顔のまま海の中へ入ってきて、私の洋服を掴んだ、
でも、次第に、私から離れると、海と遊び出して楽しそうに、キャッキャッしていた。」

「凄いな~ぁ、2歳だろう。」

「うん、そんな悠季を見る親子連れがねっ。
自分の子供に『あんな小さな子が入っているんだから、あなたも大丈夫よ、入りなさいよ』
なんて、数人のお母さんの声が聞こえてきたょ。(*^o^*)
私はそのときに言いたかったね『お母さん、あなたが入ってごらん』なん~てね。」

「そうだなぁ、子供は、親のまねをするからなぁ。」
2人で笑った。

悠季を思い出し、良太も思い出す未夢の顔は緩みぱっなし・・嬉しくて、嬉しくて、心が弾んだ。

気分転換ができているのは、悠季だけじゃなかった、
未夢も慎也も嬉しそうだ。

もう少し、もう少し、一緒に、滑っていたい・・、
と、思いを抱える未夢、

「ごめん、私、限界だわ、足・・痛くて、後は、よろしくです。」
「おっ」と、慎也から返事をもらい未夢はベンチへ戻った。

その後も、しばらくの間、悠季は1人で滑り続けていた、が・・・、

「転んだ」と、悠季を抱えて慎也がベンチへ戻る。
「滑る、大丈夫だよ」と、笑顔満タンの悠季。
「ダメだよ、着替えよう」と手を動かす未夢。

悠季がリンクへ飛び込み、未夢が衣類を片付けていると・・、
慎也が、悠季を抱きかかえて戻ってくる。

「また転んだ」を繰り返して・・・5度目の時。
「もう限界だろう」の慎也の声でスケートリンクを後にした。

朝10時過ぎに入園し閉園の午後6時まで、ほぼ滑り続けた悠季は、
車に乗り込むと、後部座席を占領して気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「行って良かったね、悪化したらどうしようと思っていたけど、ほんと良かったあ。」
「部屋の中に居っぱなしじゃあ、病気は治らないのかもなっ、
そういえば、良太もそうだったなぁ。」

慎也も未夢と同じように、悠季に良太を重ねていた。

この時のスケートは、本来の悠季を取り戻す、切っ掛けになったようです。
この日を境に、口癖だった『疲れた』や『抱っこ』の声が消えた。

どこへ行っても、長時間歩き続けても、愚痴らず、苛つかず、共に歩き続けた。

そんな悠季の姿は、歩き始めた頃の悠季を思い出す。 歩く事が嬉しそうに、自分の足で歩き、抱っこや疲れた等の言葉は、1度も聞いた事が無かった。 その当時の想い出と今の悠季を見つめる未夢は『また、1つ、本来の悠季の姿を取り戻した』と、心からホッとしていた。

一つ乗り越えると、それが自信になり、また、一つ、乗り越えられる。


⑯ お泊まり(訳の分からない不安に怯える)

春休みが終わり年長さんになった悠季は、再び、楽しそうに通う日々が始まった。そんな悠季を見つめる未夢がホッとしていると、悠季が通っている英語教室から、1枚のお知らせプリントを持って帰ってきた。その用紙には『毎年恒例のお泊まり会を4月末に開催』参加者募集の内容だった。

「どうする? もうお泊まりはイヤでしょ」
「泊まりに行きたい、でも、また寂しくなったら・・、泣いちゃったら・・、どうしよう。」

不安げな表情で未夢に・・問いかけた。

その表情が訴えているのは、 先月末に行われたスキー教室に1人で参加した悠季は、
自分でも気付かなかった『心の闇』に襲われた、それは心の底に沈めた『恐怖』だった。

そんな悠季を見つめる未夢は、『今、苦しんでいるのは、ママじゃない、悠季だ』と、突きつけられた気がした。 落ち込む未夢は、その晩、慎也にプリントを見せた。

「また、泣いちゃうよ、止めた方がいい、なっ」と、素っ気ない言葉が悠季に飛んだ。
「行く、行きたい!」と、慎也を直視して大声で叫んだ悠季。

その声は、自分に『がんばる』と鼓舞し、慎也には、その思いを宣言した。
悠季の思いが慎也に届いたのか、笑っていた顔が・・固まった。

その後、悠季が眠りに就くと、

「どうしよう、悠季は行きたいみたい。でもね、また、泣いちゃうんじゃないかって、
不安がって・・、それでね、『どうしよう』って、私、相談されたの。
悠季の気持ちを考えると・・、めげるなぁー・・・」

ぼやく未夢・・・、

スキー教室から戻ってきた悠季は、泣きはらした顔のまま、未夢に訴えた。
  「夜になるとママに会いたくなる、ママに会いたくて涙が出ちゃう
   どうしてなのか分からない。急に、寂しくなって、ママに会いたくなって・・。
   どうしてなのか分からないの、 昼間は、大丈夫なのに・・・。」 と。

悠季が悩んでいるのは、頭(現在)と心(過去)がバラバラな事
   自分の気持ち(心)が・・、自分では理解できないため不安を抱える。
   つまり、
   頭の中では『ママはいる、一緒に暮らしている』と、理解しているのに、
   心の中では『ママがいない』と、今(現在)でも、過去の記憶に怯えていた。

※ 現在の時の中に過去の苦しみや悲しみなどの体験記憶が甦ると、心の底から押し寄せてくる目に見えない恐怖に出会う。それは、訳の分からない不安であり、膨大な恐怖の塊なのです。


今一度、プリントを手にした慎也は丁寧に読み返していた。

「ここに書いてある住所は、どこだ? 
『現地集合』って、書いてあるから、近いんじゃないか?」

「あっ、そうか、其処に書いてある住所なら、この部屋から1時間もかからないよ。」

「それならさ、夜中でもなんでも迎えに行けばいい、
取り敢えず、悠季ちゃんが行きたい、というんだから、入れてあげれば、なっ。」

「そうだよね、そうしよう、私の携帯を持たせて、何かあったら電話をするように、悠季に言って、先生にも話をして・・、そうだ、そうしよう」

未夢は、悠季の思いだけを見つめて、『辛いよね』って、思いを寄せ過ぎて、悠季が望む道を探す事が出来なかった。慎也から届いた答えは、正に『それだ』と喜んだ。


お泊まり会、当日を迎えた。

朝、起きた時から悠季の口は、閉じられたまま、まるで『口を開けば弱音が漏れる、弱音を漏らさないために、口を閉じる』そんな気持ちを溢れさせたまま、車に乗り込んだ。

現地に着き、未夢と悠季が車から降りると、其処は、まるで田舎の公民館を思い出させてくれた。大きな木がそびえ立ち、太陽の光が木漏れ日を放す。それらの景色に誘われた未夢は、思い出に微笑んだ。

ところが、未夢の隣に居る悠季は、ガチガチに固まり、ただ立っていた。
そんな悠季の手を握りしめると「行くよ、いい?」と、未夢が声を掛けると悠季は頷いた。

2人揃って建物の中へ入ると、仕切りのない広い床張りの部屋、
そこには数人の子ども達がはしゃぐように、それぞれの思いのままに動き回っていた。

正に『公民館』と、微笑んだ未夢。
そんな未夢の視線が、悠季へ流れると・・・ガチガチ。

未夢の視線が先生を探すように奥へ伸びると、部屋の奥に6.7人の輪があり、その中に先生もいた。どうやら打ち合わせをしている様子だった。

様々な光景は、未夢の目を楽しませてくれたが、悠季はひたすら立ち尽くすだけ。
それでも時を刻む時計は止まらず、次から次へと親子連れを呑み込むと、親は先生に挨拶をして帰る。 残った子どもは、まるで紐に繋がれた犬が放れたかのように、部屋の中を自由に飛び回っていた。

そんな親子連れの波が途切れた時、未夢は、先生に声を掛けたが、全く気にとめてもらえず、先生と話が出来る雰囲気もない・・、ただ「はい」と、視線をもらっただけだった。

未夢は諦めるように話しを始めた、そして、
「もしかして、悠季は夜中に泣いてしまうかも知れません、」
「大丈夫ですよ、この子たちが面倒を見てくれますから、面倒見が良いんですよ」

先生の対応を見つめていた未夢は『ダメだ、やっぱり通じない・・、』と、落胆しながらも、
『だめだめ、今回は、ちゃんと言わなきゃ』と自分に言い聞かせて、今一度、声を掛ける、

「もしも、泣いてしまったら、電話を掛けさせて頂けますか?  私の声を聞けば、落ち着くと思いますので、お願いします、私の携帯電話を持たせますので、よろしいでしょうか?」

未夢は必死に声を掛けていたが、先生は『いつもの事』と、語るようにチラ見した。
そして、
「はい、分かりました。この子たちが居ますから、大丈夫ですよ。いつも私は助かっています。」と、ただ未夢へ視線を送り微笑んだ。
すると、
「お母さん、ご心配ならば、少しここに居て、様子を見ていてもいいですよ。」と、補足されたその言葉に『そうじゃないんだけど・・なぁ・・』と、未夢の心がぼやいた。

諦めた未夢は悠季に託すことにした、
未夢が座り込み、悠季と視線を合わせると、

「我慢をしないで、ねっ。
先生に声を掛けてから、ママに電話をしてきていいからね。
携帯は、ここに入れておくから・・。」と、鞄のポッケに携帯電話を入れた。

悠季は、無言のまま、頷く、そんな悠季の全身から必死さだけが伝わってくる、
未夢は思わず『一緒に帰ろう』と、口から漏れそうになった、が・・飲み込んだ。

「悠季、ママ、帰るよ、いい?」と、声をかけた未夢に・・、悠季の頭が縦に動く。

悠季を見守る未夢は、悠季の必死さに・・、何度も言葉を呑み込み続ける。
これ以上ここに居れば『悠季を連れて帰りたい』この気持ちが増し『悠季の決死の覚悟さえも壊してしまう』そんな思いに駆られていた。悠季の意思を尊重するには、未夢はこの場から去るしかなかった。

未夢は、今一度、先生に声を掛けて、深々と頭を下げると、この場から出て行った。


自宅に戻った慎也と未夢は、いつでも迎えに行けるように、スタンバイした。

「悠季、偉いよね、あんなに不安がっているのに・・、逃げ出さずに、向き合おうとして、
あんなに苦しそうなのに・・、それでも、自分の心と戦って・・、偉いよ。」

「ほんとだな、偉いよ。」

悠季が気になる2人の会話は、全く続かず、ただ耳を澄ます、
そんな2人が神経を尖らせているのは・・、いつ鳴るのか分からない電話のベル、だった。
未夢の視線が時計を見つめると、夜9時を回る・・、その時、電話のベルが鳴った。

「もしもし」悠季の声
「どうした、迎えに行こうか?」
「涙が出て止まらないの、ママに会いたい、でも、泊まりたい。」

必死に涙を堪えて話す悠季の声は『頑張りたい』の意思表示・・そのもの、

「そうか、お泊まりをしたいんだ、そっか、分かったよ。」
思わず『大丈夫・・』と、漏れそうになった言葉を・・呑み込んだ未夢は、

「今日は楽しかった?」・・・・・「うん」
「何をしたの?」・・・・・・・・「うん」

返ってくる悠季の声、言葉は、今、悠季が語れる精一杯の声と言葉だった。
未夢は、意識して明るい声で、できるだけ・・ゆっくり・・話す。

「今、お姉ちゃんと一緒に居るんだ、良かったね、
どこから掛けているの?」

「おトイレ」

「そうか、おトイレから掛けているんだ、
悠季は、ひとりぼっちじゃないよ、ほら、今は、お姉ちゃんが、悠季の側にいる、
ねっ、悠季は、ひとりぼっちじゃないよ、良かったね。」

「うん」

「ママも、いつも、悠季の側にいる、今だって、悠季の側にいる。
悠季は、ひとりぼっちじゃないよ。」

そんな会話が5分くらい続いた後に、

「うん、おやすみ」と、悠季から声がかかった。
「おやすみ、楽しい夢を見てね。」
「うん」と、返ってくると、電話が切れた。

電話を切った未夢、「がんばるんだって」慎也に誇らしげな笑みを送った。
準備万端整えた慎也、「そうか、明日は遅れないように迎えに行こう」渋い顔

大きな壁、厚みのある壁、一つ、一つ、自分の意志で乗り越えていく、悠季、
自分の意志に対して、忠実に、誠心誠意、実行している・・・偉いよ、悠季は。

   ありがとうね、悠季、
   でもね、泣きたい時は、我慢をしないでね。

   泣いてもいい、泣きたいだけ、泣いていいんだよ。
   我慢しないで、きっと、その涙が、
   あなたの気持ちを落ち着かせてくれるから。

   心に刻まれた学びは、(過去の出来事)
   消しゴムで消すように、簡単に消す事は出来ない。

   訳の分からない、不安や寂しさ、
   どこからともなく襲ってくる、悲しみや苦しみ、

   それら全てを包み込んだ、悲痛さ・・・は、『涙』として表れる。

   悠季が怯えていた『不安』 は、
   この時の涙が・・・消してくれたようです。

その後は、1人でお友達の家へお泊まりもでき、お留守番も出来るようになった。
また、1つ、本来の悠季を取り戻した。