⑤ 車(類は友を呼ぶ?)

悠季と再会し一週間の旅を終えると「早く帰って、ゆっくり休みた~い」の思いが広がる。
そんな思いを乗せた車は、快適に加速する。

 窓の外には見慣れた景色が流れ、車内では会話が弾み、笑い声も弾んだ。
 そんなホッとする心を襲ったのは、突然現れたもやもやとした恐怖のかたまり・・

車内の空気が静まりかえった、その時、
あまりにもタイミングよく、未夢の携帯電話が騒いだ。

『ヤダ、偽善さん??』の思いが反射的に携帯電話を放り投げた『早く切れろ、切れろ・・』と、遠目から念を送り続ける未夢、 でも、その念は全く届かずに鳴り止まない・・、

諦めた未夢の視線が、ゆっくりと着信画面を・・覗く・・・・
「美也ちゃんだ~ぁ」と、ホッとした声を飛ばした。

電話を切った未夢は、慎也と悠季に「電波の感度が悪くてよく聞き取れなかったけど『ご主人に追い出された?』みたいな事を言って『迎えに来て』って、言ったような気がする、訳分からないけど取り敢えず行ってくるわ。」と、簡単に電話内容を伝えた。

この電話が、家へ帰る切っ掛けをつくったようで、車はごく普通に前へ進む。
そうして、20分が過ぎると借りているアパートの駐車場に着いた。

「フゥー」と吐いた息は、ほんのり秋、空を見上げるとキラキラと光り輝く星・・
「きれい・・」と、思わず声をもらす未夢、

「早く、行かなくてもいいのか? 俺が部屋の中へ荷物を入れておくから行ってこい。」
頷いた未夢は、まだまだ星を見つめていたかったけど・・、
「うん、じゃぁ、後よろしく」と、言葉を残し、悠季と共に車に乗り込んだ。


車を走らせて約1時間が過ぎると、指定されたコンビニの駐車場に着いた。
其処には美也ちゃんが1人で立っていた、車を降りた未夢と悠季が歩み寄る。


「美也ちゃん(当時33歳)、1人? 子ども達は?」と、声を掛けた未夢、
「子ども達は大丈夫よ、(いきなり怒る、まるで子どもよりも私を心配して、と言っているように)
私が家に帰ると、いきなり殴られて追い出された。何が何だか分からない・・、まだ、家を出たくはなかった・・・」と、逆上したり、沈んだり・・。

そのとき、美也ちゃんの携帯電話が鳴り、約15分後に電話を切ると、

「弘平(当時中学3年・長男)からだった。それで精(当時5歳・長女)を連れて家を出たって、
今、コンビニの駐車場に居るんだって、悪いけど一緒に廻ってくれる?」

美也ちゃんの指示の元、車を走らせて数分後にコンビニ着くと、
しっかりと手を繋いだ2人の子どもの姿を、ヘッドライトが映し出した。

車を止めると、神妙な顔をした弘平君が精ちゃんの手を引いて、まるで、車の進行を止めるように前に立ちはだかった。そんな子ども達の切羽詰まった思いが伝わってくるのに、美也ちゃんはゆったりとシートベルトを外し、ゆったりと車から降りた。

『ふぅー』と、ため息をついたのは、未夢、
悠季の手を握り、美也ちゃん家族が居る反対方向へ歩き出すと・・、

突然、美也ちゃんの怒鳴り声が響き渡った。

「どうしたの?」と、3人の元へ駆け寄った未夢、
「『お父さんは?』って、精がいうんだもん! 頭にきちゃう!
私が殴られている時だって、この子は助けてもくれないのよ。」と、ヒステリックに怒鳴る。

『おいおい、助けるのは子どもじゃなくて、親だろう』と、声を呑み込む未夢。

「そんなにお父さんが好きなら、あんただけ帰んなさいよ!」と、感情が飛ぶ。
「怒らないで」と、未夢が言葉を挟むが、

美也ちゃんの視線は精ちゃんへ、精ちゃんの視線は美也ちゃんへ、飛ばし合っていた。

「この子はお父さんが大好きなのよ、精の味方はお父さんだもんねっ。」
皮肉たっぷりに飛ばす物言いは、まるで嫉妬心から燃やす炎をイメージさせた。

「えっ、お父さんが好きなのは、弘平君でしょ」
美也ちゃんと精ちゃんの睨み合いを、引き離したい未夢が言葉を挟んだ、が・・。

「今は違うのよ、弘平が私をかばった時から、この子も殴られるようになったの。
この間は、酷かったのよーぉ。」と、

話は未夢へ、視線は精ちゃんへ、2人とも微動だせずに睨み合っている。

「えっ、あんなに可愛がっていたのに・・そんなに変わっちゃうものなの・・」
愕然とする未夢、お父さんが弘平君を溺愛してる姿を何度も目にしていた。

「今では、『私に似ている』と言って、弘平が殴られている。」

美也ちゃんの話に言葉を失う・・、未夢
未夢の頭の中では『お父さんと弘平君の姿を・・』無意識に『悠季と偽善の姿へ』重ねた。

鳴り止まない美也ちゃんの怒りは・・コンビニの駐車場に鳴り響く。

「とりあえず、ここを離れよう、私の家へ行く?」
美也ちゃんが頷く。


⑥ 暴力と借金

車を走らせて1時間・・その車の後を付いて来たのは、美也ちゃんが運転する原付バイク、そんな美也ちゃんを心配する子供たちは、ずーと、後ろを見つめて未夢に声をかけ続けた・・。

『やっと、着いたね』の思いを忍ばせる未夢。

「ただいま」と、玄関ドアを開けた未夢、
「おっ、」寝転んでいた慎也が起き上がると、
「どうも」と、美也ちゃんに頭を下げる、
「こんばんわ」と、 美也ちゃんの明るく声が返った。


靴が6足くらい並ぶと1杯になる狭い玄関に、美也ちゃん家族で埋め尽くされ、小さな精ちゃんの姿が見えない・・ すると、美也ちゃんの後ろからひょこんと顔を出す精ちゃんの視線が・・、慎也の姿を探す「にこっ」と、笑みを浮かべた精ちゃんは、慎也の元へ飛び込んだ。

そのとき、

笑みをこぼした悠季が精ちゃんの後を追う。
6畳の部屋は、あっという間に3人の輪ができ、笑い声も響かせた。

玄関に取り残された2人に未夢が再び声をかけると、美也ちゃんはキッチンテーブルに、弘平君はキッチンと6畳の部屋を区切る仕切りの上に座り込んだ。

「何か飲む? ジュースもあるよ。」と、未夢が声をかけると、ちびちゃん2人が、即、反応した。それぞれに飲み物をわたし、未夢は美也ちゃんの向かいに座った。

「どうしたの? ご主人に追い出された・・とは?」と、口火を切ったのは未夢、すると、
「私ね、自己破産をしたの。」  『えっ・・』と、声を詰まらせる未夢、

美也ちゃんから発せられたストレートな返事に・・・戸惑う。
無言の空気が流れると、重い空気が未夢の口を動かす・・

「珈琲、美味しいね・・、そうか、自己破産、かぁ・・、(ここで止めとけばいいのに)
それでいくら借金を作ったの?」と、『余計な事を・・』と、自分の言葉に呆れる未夢、

ところが、

「変なところから借りたんじゃないのよ、銀行のカードローンなどから借りて借金を重ねて・・、合計が200万円になったの、その明細を旦那に見つかって、追い出された。」と、口を閉じる。

美也ちゃんの微妙な言葉の使い方に違和感を持つ未夢、
でも『当たり前か、言いたくないよね』と、未夢は自分へ言葉を返す。

「そうか・・、一度、借りると、返済に追われて、借金は増えちゃうよね・・、
それで、何に使ったの?」と、再び、余計なことを問う自分に頭を抱える未夢、

『ムリに話さないで・・』と、美也ちゃんに届かない未夢の思いが流れる、
そのとき、美也ちゃんの声が聞こえてくる・・・。

「私、何も買っていないのよ、全部生活費なの・・・食事とか・・・」と、
返事は戻すが、下を向き言葉を詰まらせる。

美也ちゃんが話す態度に疑問を持つ・・未夢、
それなのに、

「そうだよね、例え収入が減っても、今までの生活ランクを落とすのは、難しいよね、
それに・・、旦那には言いづらいし・・、そっか、生活費に入ったんだ。」

「そうなのよ、 (嬉しそうに応える)  でもね、まだ隠している事があって・・、
私ね、いずれは別れようと考えてはいたけれど・・・、
今は、別れたくはなかった。」

語尾を強めた美也ちゃんの話し方に、未夢は『えっ、私が悪いの?』と・・、
この思いは未夢の口を封じた、すると、美也ちゃんの口も閉じられた。

キッチンテーブルに座る2人の口が閉じられると、重い空気がのし掛かる。
その空気から逃げるように未夢の視線は、6畳の部屋と時計を見つめた。
すると、もうじき午前2時・・、慌てた未夢、

「ごめんね、布団、敷こうね、眠いよね、」と、悠季と精ちゃんに声を掛けた。
「ごめん、シングル布団1組しかない、上下とも並べて足りない分は座布団でいいかな」
と、未夢の視線は美也ちゃんへ伸ばした。

「いいよ、何でも、寝られればいい」と、美也ちゃんの声が流れた。
「これでどうかな? みんな寝られるかな・・」と、声を掛けると、

悠季と精ちゃんは、6畳の部屋に敷き詰めた布団に喜び、コロコロと転がり廻る、
そんな2人は、ふざけ合っている間に眠りに就いた・・・おやすみ。

「これから、どうするの?」と、美也ちゃんの前に座り直した未夢の口が開く、
「行くところがないから、暫く泊めてくれる?」と、即答、直視。

「いいよ、狭いけど・・」と、応えた未夢は美也ちゃんの勢いに押された。


⑦ いってヤッタ♪(怒鳴り声+幻覚+勇者)

過去に味わった恐怖は、時と場所を選ばず、甦る。
その恐怖は、心の底に住み着いた出来事、なのに・・、現実の時に甦る

二家族生活も3日目の夜になると、美也ちゃん家族は 遠慮? 気遣い? を消すように、 自分たちの時間を楽しむ。その一方で未夢だけが精神的にも肉体的にもクタクタ・・フゥ―。

夕食が終わると、即、6畳の部屋へ移動したのは美也ちゃんと弘平君、2人は台所に背を向けて座り込むと雑誌を広げて楽しそうに会話も弾ませた。その横では、精ちゃんと悠季がいつものように戯れながら転がり廻る、その姿は、まるで子猫同士のじゃれ合いのようだった。

そんな光景を台所から見つめる未夢は、いつものように1人で後片付けをしていた。
それでも、6畳の部屋からこぼれてくる空気は、未夢の目や耳も弾ませてくれる。

小さな部屋の中で、それぞれがそれぞれの時を刻み、自分の時間を楽しんでいる。
2LDKの部屋に広がる楽しそうな笑いや声は、まるで心地よいBGMを連想させた。

片付けを終えた未夢は、みんながいる6畳の部屋を避けて、対角線上にある台所の隅に座り込むと、目を閉じてBGMに身を寄せて微笑んでいた・・・気分は上々・・・、ほっ

突然、未夢が目を開いた・・、携帯電話を見つめながら、
大きく深呼吸をすると、耳にかざした・・、

テメーェ!」と、大声て怒鳴る偽善の声は部屋中を駆け巡る。

   その瞬間、
   心地よいBGMが消えると、
   未夢の意識までも消えていく・・


『忘れていた、いえ、忘れていたわけじゃない・・、そうだった・・』と、

   頭の中で言葉が流れる・・・全身から力が抜ける・・・、
   携帯電話を持つ手も、下へ、下へと・・ずり落ちる・・・

どこからか・・、遠くの方から・・、偽善の怒鳴り声が聞こえてくる・・、
薄らと聞こえるその声を、未夢の目と耳が・・探す・・、

   すると・・、未夢の視線が硬直・・、一点だけを見つめる、
   そんな未夢の目は瞳孔を開き・・、突然、右手を振り回す、すると、

「イッー ヤァーアー」と、お腹の底から振り絞る声を飛ばした。

この時の未夢が見ていたのは、クネクネと動く化け物、その姿は、トカゲと蛇が混ざった不気味な生き物、未夢の腕にグルグルと絡みつき、未夢と視線を合わせると、大きく口を開き『パク』と、いきなり腕に食いついた。その化け物を必死に振り払う・・・

『イヤ、イヤ』泣きながら腕を振り回す、パニックに見舞われて、声すら出ない
お腹に意識を吹き込み「イーヤ~ぁ~」と、声が出たと同時に、幻覚から覚めた

   意識を取り戻した未夢の目から、大粒の涙があふれ出る。
   そんな未夢の視線は・・、約1メートル先にある携帯電話を見つめた。
   壊れる事を知らない携帯電話は、今も、偽善の怒鳴り声を響かせる・・

卑怯な手を使いやがって、悠季を返せ!」と、ド迫力・・。

   そのとき、無意識に未夢の両腕が耳に向かって・・動く・・・、
   ハッ! 『私・・・怯えている?』と、自らの行動に驚く・・。
   『偽善さんが目の前にいる時は、“怖い”、なんて一度も思った事がないのに・・』と、

姿なき姿に怯える” 未夢の視線が、悠季を探して6畳の部屋へ流れた。
すると、目の前に広がったのは・・・、

   まっくろな・・世界、
   視線を伸ばすと黒く大きな岩が2つ、寄り添うように並んでいた。

「ここ、どこ・・? 海・・?」と、

問いかける未夢の視線が下へ向かう・・、すると、まるで、波際に座り込んでいるように、足下には僅かな白いしぶきが・・、不思議感覚に惑わされる未夢・・、しばらくの間・・呆然・・

いや、違う
ここは部屋、借りている部屋、あそこは、6畳の部屋、畳の部屋、電気も付いている。」

未夢は、必死に、自分に、説明を繰り返す・・・、
そのとき、引き潮のように真っ黒な陰が、少しずつ、少しずつ、消えていく、

すると、床が・・、畳が・・、ゆっくり、ゆっくりと見えてきた、大きな岩は美也ちゃんと弘平君の後ろ姿に徐々に代わっていく、そして真っ暗な部屋に、明かりがもどる・・。

『ふぅ・・』息を吐く、ほっと胸をなで下ろした未夢は、
『幻覚? 私が・・?』と、とても理解できずに・・不思議な気分だった。

幻覚から現実を取り戻した未夢、頭の中は・・グチャグチャ・・
何が起きていたのか・・振り返っても全く理解できず整理が付かない・・

『ボー・・』のまま時を止めた。

そんな未夢に、熱い視線・・不安な視線・・が、届き、その視線へ未夢の視線が動く。
すると、“ドーンとそびえ立つ姿” と・・・、目が合った。

この部屋に居る誰もが怯えている中で、ビクともせずに仁王立ち、その姿は正に勇者そのもので光り輝く。そんな精ちゃんの視線を浴びた未夢、涙を拭くと精ちゃんの元へ歩み寄った。

すると、精ちゃんの腕が動く『悠季ちゃんは、あそこ』と、指した。

そこは、洋服ダンスと美也ちゃん家族の衣類が積み重なった・・隙間・・僅かな隙間に潜り込む、その姿は『こわい、コワイ、恐い』と、心の声を響かせた。両手で耳を塞ぎ、小さな体をもっともっと小さく丸めて『隠してお願いだから、誰か助けて』と、今にも声が聞こえてくるほどに怯えている。

悠季が抱える恐怖は、未夢の足を動かす、真っ直ぐに携帯電話へ歩み寄った・・、が、
手を伸ばすことも・・、触れる事さえも出来ずに・・、ただ、元いた場所に座り込む、

そんな未夢が今できることは、約1メートル先にある携帯電話を、怒りを込めて睨むだけ・・、

この部屋に、 “偽善がいる”、 わけではない。誰かが、“殴られている”、わけでもない。
それなのに、心が怯える、体も怯える。この部屋で怯えているのは、今、現在、起こっている出来事ではない。それぞれがそれぞれの過去で体験した暴力(恐怖)に怯えているのです。

誰もが息を潜めて、この時が早く終わる事だけを・・、願っていた。

携帯電話から鳴り響く怒鳴り声は、収まる気配もなく、わめき散らす。
その怒鳴り声は、未夢だけを責め続けていた・・が、突然、

悠季に変われ!」と、切り替わった。

そのとき、精ちゃんが動いた、まるで『もう我慢の限界』とでも言っているかのように・・、
固い決意を広げて悠季の側へ歩み寄ると、体を丸めて覗き込む、

「悠ちゃんの代わりに、私が出てもいい?」と、小さな声で尋ねた。
「うん」と、明るく応えた悠季の視線は、精ちゃんへ、

精ちゃんの足は転がっている携帯電話へ進み、手にすると未夢へ視線を送った
『私が出てもいい?』と確認をとる仕草に、未夢が頷く。
すると精ちゃんの視線は、悠季へ送り、携帯電話を耳に当てた。

お前なんか、大嫌いだーあー」と、大声で叫んだ。

その瞬間に、みんなの顔が一斉に持ち上がり、視線は精ちゃんを照らした。
スポットライトを浴びた精ちゃんの元へ、飛び込んだのは悠季、

満面な笑みを輝かす。

2人が顔を見合わせると、ガッツポーズの代わりにゲラゲラと笑い合う。
その笑い声は、キラキラと輝く太陽のように、部屋中に輝き放した。

勇者が救ったのは、悠季だけじゃない、過去に怯えている、みんなの心も救った。


部屋中に笑みが広がる、そのとき、
もう、電話をしてくるな!」と、偽善に大声で留めを刺した。


精ちゃんの、声は、言葉は、輝く太陽に、花を咲かせた。
もの凄いことをやり遂げた精ちゃん、
誰もがその行動に「ありがとう」を送った。

その直後、

精ちゃんが手にする携帯電話は、身体から『もうこれ以上、引き離す事が出来ない』と、語るほどに遠ざけて、必死に未夢に向かって突進してきた。

この姿こそが、精ちゃんが抱える“恐怖”を表し、本当の気持ちを表していた。
また、携帯電話を受け取った未夢の指は、即、電源を切った、
この早業には、未夢が抱える恐怖が表れていた。


「ありがとう、ありがとうね」と、はち切れんばかりの笑顔を飛ばす未夢。
微笑み替えしをした精ちゃんは、クルッと向きを変えて、悠季へ、視線と笑みを送った、

そして、おおきな一歩を踏み出すと、
いーってヤッタ♪ いってヤッタ♪」と、

単調な言葉だけに、精ちゃん自身が怯えていた心と、悠季が怯えていた心を表現し、
その恐怖と戦った自分へ、精一杯の、エールが込められていた。

その時、精ちゃんの向かいに飛び込んだ悠季、
顔を見合わせると2人は、
「いーってヤッタ♪ いってヤッタ♪」 
「いーってヤッタ♪ いってヤッタ♪」と、

思いを込める、大きな声でリズミカルに歌い歩く、
まるで、どこかで練習でも重ねたように、2人の呼吸はぴったりだ。

「い-ってヤッタ♪ いってヤッタ♪」と、心地よい空気を取り戻す、
「い-ってヤッタ♪ いってヤッタ♪」と、鳴り止まない宴、

そんな2人の姿は、まるでミュージカルの世界へ引き込むように、出演者と観客を一体にし、笑顔一色に染めた、高まる興奮、高まる笑顔、心が弾む、心地よい空間を取り戻した。


その時、突然、舞台から飛び降りた精ちゃん、
この空間に酔いしれていた未夢の元へ駆け寄る。

「悠ちゃんと間違えていたみたい、急に、優しい声になって
『お前もパパを捨てるのか』って、言っていたよ。」

と、悠季と未夢を交互に視線を送る精ちゃんの顔は、ちょっぴり不安げ、一方、こぼしすぎる笑みのまま、未夢は頷きながらも「ありがとう、ありがとうね、」と、同じ言葉だけを繰り返す。

精ちゃんが “ニコッ” と未夢に返すと、悠季と向き合い、

「気持ち悪いね~ぇ」と、息もぴったりに2人の首がちょこんと倒れた、
「かわいい♪」と、目の前で見ていた未夢が歓声を上げた。

その後も2人の高揚した気分は消える事なく、眠りに就くまで祝い続けた。

翌日になっても興奮が収まらない未夢、
昨夜の光景を思い浮かべて頬を緩ませる。

「精ちゃん、凄いね、私、嬉しくて嬉しくて、ホント、私が言えなかった事を、全て、精ちゃんが代弁してくれたように思えて、言葉では感謝しきれない。ほんとに、ありがとうね。」

未夢の目の前に座る美也ちゃんにしゃべり続ける。

「あの2人ね、話し合っているみたい、この間、ちら~と、聞こえてきたのょ。だから、あの時、精が立ち上がった、のかもね~ぇ。」と、精ちゃんを誇る美也ちゃんの顔は親の顔そのものだった。

「そっか、そうなんだぁ、なんとなく、親としては寂しい気持ちもあるけど・・、
昨夜の私は、悠季を助けられなかった。
悠季の気持ちを知っているのに、動けなかった。
マジな話、落ち込んだ~ぁ、(ニコッ) 自分が、情けなかった・・ぁ、
でも、これも事実・・なんだよね~ぇ、
ダメだ、これじゃぁ、頑張んなきゃ、だって、護ってあげたい、護りたいもん」

「うん」笑みを浮かべる美也ちゃん。

「子どもは子どもなりに、精一杯、生きているんだね。昨夜の精ちゃん、凄かった~ぁ。
まだ、5歳なのに・・ね、
子ども同士で助け合って、解決しちゃうんだもん。凄いよね。
でも、でもさ、
相談できる友だちが、“いる”、ってさっ~ぁ。
“友だちが側にいる”、これって、心強いよね、」

「親なんて、そんなもんよ、」と、美也ちゃんの声が流れた。

「だね、(笑)
子どもって純粋だよね、きっと純粋だからこそ、無茶して傷ついちゃう、
そんなときは、やっぱり、親の出番ですか~(笑) 
護りたいな~ぁ、頑張る。」

「うん」と、美也ちゃんの顔が動く。

◇偽善からの連絡は、この時が最初で最後になった。
◇美也ちゃん家族との共同生活は、約1ヶ月を刻み半強制的に幕を閉じた。


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