㉖ 変化(悠季の歩みを振り返る)

歩んできた人生は、楽しい事ばかりじゃない、かも知れませんね。時として『思い出したくない過去』『消したい過去』『捨てたい過去』などもあるでしょう、それでも『人生は、切り刻むことは出来ない』どんなに苦しくとも・・自分が歩んだ人生は、全て、自分なのだから・・。

自分の人生を受け入れた悠季は、目に見える形で変化した。

  精ちゃんからは『言いたいことを言う』事を学び『喜びの表現』も学んだ。
  幼稚園の先生からは『ずーと、見守っているよ』と、安心を学んだ。
  アイススケートでは『自分の足で歩く』事を学び『自分に自信』を持つ事も学んだ。

様々な出会いと体験は悠季に、自分を信じる事、そして、自分を認める事。
過去の心の傷は、自分を守らない事も、学んだ。

それは悠季が描くにも、表現されていた。

偽善との生活を語る事が出来なかった時期の絵は、
猛スピードで、何枚も、何枚も、何枚も描いては、“ポイ”、描いては、“ポイ” “ポイ”、 を繰り返す。

そんな絵を描く悠季の姿は、 集中力をマックス( 自分の世界へ入り込み )にして、“何をも” 寄せ付けないバリアを張り巡らせる。そうして描かれた絵なのに、まるで “何か” を捨てるかのように、僅かな未練さえも無く、 “ポイ” と、あっさりと捨てて、その場から離れる。

悠季が去った後に未夢が拾い集めて絵を見つめると『描き損ねた?』と、過ぎる絵・・ばかりだった。そんな悠季が描く絵は、画用紙に『たった1人』の女の子を描き、人のパーツが何一つ描かれなかった。

手がない、足がない、口がない、目がない・・などの絵が数ヶ月続き、突然足が描かれた。それは『束縛』を意味する絵だった。自由を奪うように足から胸までぐるぐる巻きの蛇を描き、数日後に描かれた蛇の顔は、女の子の顔を睨む。そんな蛇の視線は 『監視』の恐怖を語るように 女の子の顔に、目と口が描かれた。すると、刃物を握りしめる女の子のを描き、刃先は女の子の顔へ向かっていた。

この絵を見つめた未夢は『死』が過ぎり、『殺される?』『自殺?』への恐怖を感じた。

どれもこれも、生々しさを描き、『身動きがとれないたった1人の女の子』の絵。 語る事が出来ない記憶を『』で語り、心の中に抱え込んだモノ(出来事)を、外へ吐き出す作業をしていた。

これらの絵は、過去から逃げるのではなく、過去の自分と向き合うための “準備段階” だったのです。

悠季は、岩手で暮らした当時の出来事を、話したくとも話す事に怯えて、口を閉じた。
そんな口に変わって、悠季が描くによって、当時の出来事と当時の感情が表現された。

悠季が絵を描き続ける事が出来たのは、“僅かに”光る思い出がある事を、
悠季自身が気付いた、から・・だった。 それは『友だちや愛犬の存在』なのです。

消したい過去、思い出したくない出来事の中に、忘れたくない想い出もある。過去の出来事を消してしまうと、楽しかった想い出、忘れたくない想い出までも消してしまうことを・・悠季は知っていた。

どんなに辛くとも、どんなに苦しくとも、恐怖と戦いながら向き合う姿勢は『我慢を強いられ』弱い自分を隠す。そんな悠季が、恐怖を語ると“弱音を吐いてもいい”と、自分の心を解放した。

愚痴不満甘え寂しさまでも、自分の気持ちを素直に表現出来るようになった。

日々の時は、過去と向き合う時間であり、
逃げるよりも向き合う事を選んだ悠季は、1日、1日と、本来の自分を取り戻す。



㉗ ほんわか(トラウマを想い出に変える作業)

過去の出来事を “トラウマ” と呼ぶのならば、想い出に変えよう。
だって、楽しかった想い出も、懐かしい想い出も、覚えておきたいから。

「悠ちゃんには友だちがいない、悠ちゃんの友だちは
チャッピー(愛犬)とミッキー(岩手の友だち)だけ。」自分に語り続ける悠季、

「友だちなんかいらない。ただ誰でもいい、遊べればいい、
でも、誰も遊んでくれない。 ママ、会いた~い」と、涙する悠季。

悠季は、様々な別れを体験し、その時に、味わう寂しさや悲しさ、辛さまでも学んだ。
そんな悠季は、別れを避けるために、友だちを作る事に怯えていた。

  寂しいと思う気持ちは、人恋しくなる。
  その寂しさを埋めるために、“誰でもいい”、と思いを寄せる。

この流れは、寂しさや空しさを募らせるだけ、なのです。
ぽっかり空いた心の穴、その穴を埋める『代わりのものなど無い』からです。


「チャッピーの前に、白い犬を飼っていたの。でも、死んじゃった。」

いきなり話を始めた悠季だった・・が、グッと、硬く口を閉じて下を向いた。
それでも顔を持ち上げると、未夢へ、笑みを作り、話し始めた。

「チャッピーと一緒にお風呂へ入っていた時、いきなりドアが開いたの。

其処には、偽善さんが立っていたの、“ひっー”、って、固まっちゃった。 (笑う)
チャッピーなんかこうだよ。  (両手を耳に当て頭を引っ込めると、笑った)

そしてね、お風呂の中に隠れちゃった。“ビビ”っちゃって・・、
その時の偽善さんの手には、包丁が握られていたの。」

ゆっくり、ゆっくり話す悠季は、過去に学んだ恐怖の出来事を、今は、おもしろ、おかしく話すために、一齣、一言を、工夫するように、言葉を選びながら・・、話していた。

そんな悠季の顔は、強ばりと笑みが交互に表れた。

「チャッピー、おかしかったよ。」と、笑ってまとめた。

この話の内容は今回で度目だった。
ところが、話し方や表現方法が大きく変化した。

その反面、何度も繰り返すこの話は『死を覚悟した』出来事の1つ・・かも・・。
悠季の心に深く根付き、今も尚、色あせる事なく、当時に抱いた恐怖までも呼び出している。

今、悠季は『トラウマを想い出に変える』作業をしている。

「ママと一緒に、岩手の話をしていると、夢に出てくるの。
今日みたいに、話をすると、夢の中で、偽善さんが大きくなって現れる。

すっごっく怖い顔をして、悠ちゃんを襲ってくるの。
悠ちゃん、寝るのが怖い、怖くて、眠れないの。」

訴えるように話す悠季の顔は、恐怖に戦いていた。
また、悠季が未夢へ弱音を吐くのは『お泊まり事件』以来だった。

「悠ちゃんのクマさんバスタオル、おばあちゃんがゴミ箱に捨てたの。
悠ちゃん拾ったんだ。だって、クマさんバスタオル大好きだもん。
偽善さんにも捨てられた。全部で3回、捨てられた。
いつも悠ちゃん、拾ってきたの、クマさんバスタオルがあると、落ち着くの。」

安らぐような笑みをこぼす。
その当時の悠季の心を温める物は、たった1つ、
たくさんの想い出が詰まった、クマさんバスタオルだけだった。

「そうだよね、赤ちゃんの時から、クマさんバスタオルに、こだわっていたよね~ぇ。
そういえば、あの頃、一番、困ったのは、お昼寝の時だったなぁ~。

悠季は、寝たいのに、今にも、コロンと、寝そうなのに、
クマさんバスタオルがないから、泣きながら、クマさんバスタオルを探すんだ。

『洗濯したから、このタオルは?』って、別のタオルを悠季に手渡すと、
目を閉じたまま、手触りを確かめるように、手や頬で・・、スリスリ・・するんだ。
そしてね、気に入らないみたいで『ポイ』って・・、また泣いちゃうんだ。
マジで困ったよ、(笑)

そうね~、確か、お座りが出来た頃から、
なぜか、あのタオルがお気に入りになったよね。

悠季が移動の度には、必ず、クマさんバスタオルも持って行ったな~ぁ、
もう、ボロボロになったでしょ、」

「うん、でも、だ~いすき」と、嬉しそうに笑みを広げて、
タオルが手元にあるように、ニコニコしながら、スリスリ・・

突然、目を開けた・・、
怯えるように・・、

「寝るのが・・怖い」と、ボソッと・・

「どうしたの?」

「夢の中で、偽善さんが追ってくる、もの凄ーく、大きくなって、追ってくる。
悠ちゃん、必死に、逃げるのに、どこまでも追ってくる。」と、ベソ・・

偽善と2人で暮らしたのは、2年。偽善から離れて、3年が過ぎた今でも、悠季の記憶の中で生き続けている。『逃げたらぶん殴る、どこへ逃げても、必ず、見つけ出して、ぶん殴る』と、当時の悠季に、偽善が埋め込んだ脅迫が、今もなお、悠季の中で生き続けている。

「そうか、そんな時は、ママを呼んで、 (任せろ・笑み)
悠季の夢の中へ入って、ママがやっつけてやる。」

にこっと、笑みをこぼしたが、
「どうすれば、ママが夢の中に出てくるの?」と、必死な表情で真剣に問う。

「ママはいつでも、悠季の側にいる、大声で呼んでごらん、悠季の声が聞こえたらママは飛んでいく。 ママは、悠季の夢の中にも、入れちゃうんだよ。ママが、必ず、悠季を守るから、」

「岩手の事を思い出すと、恐い。」繰り返しながら・・涙する悠季。
「解った、ママ、悠季が眠るまで、側にいる、ずーと、いるから。」

2人で2階へ行き、悠季を布団の中へ入れると、
「ママの方へ背中を向けて」と、横向きで寝てもらった。

『恐い』という恐怖を学んだ心は、無意識に自分を守る術をとる。
その無意識な姿が顕著に現れるのは、無防備になる睡眠時間なのかも知れない。

  未夢の手が布団の中へ滑り込み、悠季の背中に触れた、
  手の平は、氷に触れた感触を味わい、反射的に引いた。
  それでも、悠季の背中が気になる手は・・肩から背中へと上下に動く。

冷たすぎる背中は、過去に怯える心を映し出し、
石のような硬い背中は、今も尚、恐怖と戦い続けている、心を映し出していた。

そんな悠季の心を守るように・・、神経までも、尖らせて、必死に戦っている。
悠季の背中は、とても8歳の子供の背中とは、思えないものだった。

  温かくな~あれ、柔らかくな~あれ、ぐっすり眠れますように・・と、
  手を動かしながら、何度も何度も心の中で繰り返す・・・未夢。

ところが、悠季の背中は、未夢の手を拒否するように、何時になっても、冷たいままだった、
そんな悠季の背中に未夢の腕が負けるのか・・、腕の重みと疲れに見舞われた・・、

そのとき、養母のザラザラした手が・・未夢を包み込んだ。

  そういえば、私もよく・・摩ってもらっていたな~ぁ、
  お腹や背中・・『痛い』というと、私が眠りに就くまで・・、
  ずーと、ザラザラな養母の手が摩ってくれた。

未夢は、養母のザラザラした手が痛くて嫌いだった、でも摩って貰っていた時だけは、 そのザラザラの手が、とても温かくて心地よかった、ありがとうね・・と、想い出に頬を緩めた未夢『お袋さん、腕、痛かった、ろうなぁ』と、今の自分に重ねていると、突然、腕が軽くなった。


そのとき、未夢の手が・・、悠季の背中が・・、ぽかぽか、
まるで養母が助けてくれたように、未夢は思った。

思い出に浸る未夢の心も、ほんわか、その時、気持ちよさそうな悠季の寝息が聞こえてきた。
悠季の顔を覗くと、穏やかな優しい顔をして、ゆったりと気持ちよさそうに眠っていた。

そんな悠季の顔に「おやすみ」。

翌朝、階段を降りてきた悠季が
「ママ、ママ、夢を見なかったよ。また、摩ってね、気持ちよかった~ぁ♪」と、笑顔を輝かせた。



㉘ 万引き(自分の人生を受け入れた時)

自分を・・全ての自分を、受け入れることが出来た時、自分に正直になれる。

数日後、慎也を交えた3人が夕食を囲んだ。
そのときに、テレビニュースで「万引き特集」が流れた。すると、

「悠ちゃん、万引きをした事があるよ。」と、笑みをこぼしながら明るい声を響かせた。

当時の悠季が岩手の話をする時は、必ず、未夢と2人の時だけだった。
そんな悠季が、慎也を目の前にして、話を始めたのは、この時が初めてだった。
悠季の変化に喜ぶ未夢の顔がほころび、悠季を見つめる慎也の顔は嬉しそうだった。

「お母さんは、由美姉ちゃんたちには買ってあげたのに、悠ちゃんには買ってくれなかったの。だから、飴を1つ、盗んだ。」と、ニコニコしながら言った。

「そんなはずは、無いだろう。」と、慎也が持つ常識(大人・親)は、悠季の話を否定した。

その言葉は、子どもが正直に語る事を封じる言葉

未夢は『良い事も悪い事も何でも話して欲しい』と、思いを秘めて、
慎也の言葉を隠すように、悠季を覗き込んで、ゆっくりと声を掛ける。

「そうか、万引き、しちゃったんだ~ぁ。悠季も、欲しいよ~ねぇ。」
「うん、」

力強い悠季の返事と、ニコニコ顔が返ってきた、未夢が頷くと、

「万引きって、どうして悪い事なのか、知っている?」と、ゆっくりと問う。
「? ? ?」悠季の頭上に表れた。

「あのね、悠季が盗んだ、その飴ね、お店の人が、買っているんだよ。」
「おばあちゃんが買っているの?」と、不思議そうな表情がひかる。
「そうか、おばあちゃんが、お店の人なんだ。」

「うん、」

「そうだよ、おばあちゃんが買って、お店に並べているんだよ。そしてね、お店に並んだ、その飴をお客さんが買ってくれるとね、おばあちゃんは、お金をもらえるの、

するとね、おばあちゃんは、もらったお金でまた新しい飴を買って、 お店に並べてくれるんだよ。
悠季たちがいつお店に来ても、欲しい飴があるように、って 、
お店に並べてくれるんだ、偉い~ね。」

未夢は悠季を見つめて、ゆっくり、ゆっくり話していると、
にこにこしながら頷く悠季、視線は徐々に真剣になっていく、

「でもね、悠季のように黙って持って帰ったら、おばあちゃんはお金をもらえないでしょ、」
頷く悠季、
「お金をもらえない、おばあちゃんは、飴を買う事が出来なくなっちゃうんだ。
例え、お店に飴がなくなっても、飴を並べる事が出来なくなっちゃう。
そうなったら、おばあちゃんのお店は、潰れてしまうかも知れないよ。
おばあちゃん、可哀想でしょ。」

「うん、かわいそう。」と、真剣に返事をする悠季。

「だからね、悠季は、もう万引きをしちゃダメだよ。この世の中には、“ただ” の物は、何1つ、無いんだ。 みんなが一生懸命に働して、お金を稼いでいるんだよ。もう、万引きをしないでね。」

「うん、わかった」と、微笑んだ悠季。

「悠ちゃんは、おばあちゃんが飴を作って、並べているんだ、と思っていたから、
買っているとは、思わなかったよ~。」と、真剣な表情で応える悠季、

「そうか、買っているんだよ。
例えばね、おばあちゃんが飴を作っている場合でも、
飴を作る材料を買うでしょ、だからね、おばあちゃんも買っているんだよ。」

「うん、わかった。」返事を返す悠季の顔は、にっこにこ。
万引きの話をしているのに、慎也も未夢も、悠季の笑顔に引き込まれた。

頷きながら笑みをこぼす2人。

「悠季が、今度、もしも万引きをしたら、
ママは、悠季をお巡りさんのところへ連れ行くよ。そして、牢屋へ入れてもらうからね。」

「ママは、悠ちゃんが嫌いなの?」泣きそうな顔をして問う。

「ううん、違うよ、大好きだよ、ママは悠季が大好きだからこそ、 悪い事をしたら、
ママはお巡りさんのところへ連れて行くの。悠季に二度と、万引きをして欲しくないから。ねっ。」

「ねっ、」未夢の視線は、慎也へ。
「そうだ、家では悪い事をしたら、即、警察、行きだなぁ」と笑みを浮かべる慎也。

その後の悠季は、岩手での生活を、思い出した時に言葉にした。
あんなに、拒否していた出来事を、笑えるような話に切り替えて会話を弾ませた。

恐怖を抱える心は、怒りが湧く。
恐怖(過去の出来事)から解き放された心は、怒りも消える。

悠季が穏やかな日々を刻み始めると、未夢の怒りも消えていた。
どうやら2人が抱えたトラウマは、それぞれの『想い出の箱』へ収める事が出来たようです。


㉙ 本音 (最後の作業)

未夢が悠季の部屋で、いつものように洗濯物を片付けていると、笑みをこぼした悠季がやってきた。
ベッドへ飛び乗り、ちょっと大きめの犬の縫いぐるみを手にした。
すると、
「7歳まで、ひとりぼっちだったんだ」と、犬の縫いぐるみに話す。

『えっ、7歳なの?』と過ぎらせた未夢は『岩手の話を始めたのは、たしか・・7歳だ』と、思いを馳せながら、未夢の視線が悠季へ、すると、悠季と目が合い、笑みをもらった。

再び、悠季の視線は犬の縫いぐるみへ。

「ママは嘘をついた『後で来る』って、言ったのに来なかった。
悠ちゃんはチャッピーと一緒に、ずーと待っていたのに、
チャッピーと一緒に行こうと思って、ずーと待っていたのに、
次の日も遊びに行かないで、ずーと待っていたのに、
ママは来なかった。」

犬の縫いぐるみと会話を続ける悠季の声は明るい。でも、内容は・・・暗い。
悠季の話を聞き入る未夢は、悠季が話すその当時の時間を彷徨っていた。

「あっ、あの時か、そうだよね、確かに『後で来る』って、何度も言ったよね。
そうか、そうだったんだ・・、ごめんね、チャッピーと一緒に待っていてくれたんだ・・そうか、ごめんね。 行かなくて、ごめんね。」謝る未夢の手が止まり、脳はフル回転。

当時4歳の時、未夢は岩手に住む悠季に会いに行った。その時「ママのお家へ行く」と、悠季は泣きながら何度も「連れて行って」と訴えた。でも、未夢は、この場で悠季を連れ去る事が出来ずに「後で来るね」と、何度も繰り返した、その事を言っていた。

「あっ、それでなの? ママが悠季を連れ出した時、悠季は、ずーと怒った顔をしていたでしょう。 もしかして『ママは、もう来ない』って、諦めちゃったのかな?」

「うん、もう来ないと、思って諦めた。」と、笑った。

「そうかぁ・・、それなのにママは、突然、悠季を連れ出して、頭にくるよね、
『今頃になって、なんだよ』なんてね、思ったよね、ごめんね、ママが悪かったね。」

未夢は、当時に抱えた疑問が解けた・・と、ホッとした。
ところが、悠季は、いきなり表情を変えて、

「違うんだ、あの時は、恐かった、悠ちゃんがママと一緒に行ったら、偽善さんが『お巡りさんに言って、ママを捕まえもらう』って、言っていたから、 『ママが捕まったらどうしよう』って、思っていたんだ。だからね、ママと一緒に行ってもいいのか、迷った。」

真剣な顔をして、当時の思いを語る悠季から、必死さまでも伝わってきた。

「そうかーぁ、そういえば車の中でも言っていたね。ありがとうね、ご心配をおかけしました。
でも、心配をしてくれて、ありがとうね。」と、ペコッと頭を下げた未夢。

悠季の顔に笑顔が戻り、照れながら未夢へ笑みを返した。
犬の縫いぐるみを抱き上げて、向き合う悠季は、自分の心と向き合っている。

「悠ちゃん、何度も何度も『ママ、ママ』って、呼んだんだ。
悠ちゃん、泣いてばかりいて、ご飯を食べないから、入院した事もあるよ。
点滴を打ったんだ、3回も、痛いんだ~ぁ。
4回目の時も入院を言われて、ヤダ~ぁ、って、泣いちゃったぁ。」

辛い話を、笑みを浮かべて話す悠季。

「ごめんね、ママ、側にいなくて、」と、未夢は切なさを抱える。

親が子供を手放せば、その後の子供の人生を・・親は知らない。
悠季が話す内容に耳を傾ける未夢は、3歳の時の悠季を思い出していた。

空だけを見つめて「ママ」「ママ」と、呼びかけていた悠季。
悠季を抱いているのに、未夢の腕にも胸にも悠季の温もりも重みも・・何も感じなかった。

ふわふわして、まるで雲でも抱いているように、手を放せば、空高く飛んでいきそうで、
抱きしめれば潰れそうで・・、見た目は、一回り、小さくなった悠季・・

「そうか、辛い思い、一杯、しちゃった、ねっ、ごめんね、」
未夢は、当時の悠季に思いを寄せていると・・、

「5歳の誕生日に、どうして来なかったの? 悠ちゃん、待っていたんだよ。」
「ごめんね、ママ、悠季を引き取りたくて裁判を起こしていたんだ。だから会えなかった。」

ふ~んと、いう表情を見せると、犬の縫いぐるみに
「寂しかったね」と、笑みを送る。

話す事にちょっぴり抵抗を滲ませて、恥ずかしそうに照れ笑いも浮かべる、
『ひとりぼっち』という孤独の時間と、悲しい時間を、未夢へ伝え続ける。

それは、悠季が必死に生きてきた人生であり、目に見えない心の叫びだった。
そんな悠季の心が未夢に訴えたのは『ひとりぼっちにするなよ!』だった。

僅かな希望を頼りに日々の時を刻んでいた悠季に・・、
未夢は、心からありがとう、と大声で叫びたかった。


㉚ 終わった、そして始まる。

1度目の親権移動の裁判を起こしてから、
5年を迎えて2度目の親権移動の裁判を起こし、判決後に悠季に報告した。

「偽善さん、来た?」
「ううん、来なかった。」
「一度も・・?」
「うん、一度も」と、未夢が応えると、悠季の顔が、一瞬、曇った。
「悠ちゃんの事、嫌いなんだ。」と、明るい声を飛ばしているのに、苦笑いを浮かべた。

「違うよ、ママは違うと思うな。悠季の事が好きだからこそ、来なかったんじゃないかな。
きっと『悠季は、ママと暮らしてもいいよ。』というメッセージじゃないかな。
きっとね、だから、ママは、偽善さんに感謝しているよ。

だってさ、偽善さんが来なかったから、裁判が早く終わったのかも知れないもん、ねっ。
偽善さんは、いつまでも、ずーと、悠季の事が、大好きだよ。

だからね、悠季が会いたいと思ったら、いつでも言ってね、
ママ、偽善さんを探して悠季に会わせてあげるから、ねっ、1人で悩まないでね。約束したよ。」

未夢が悠季へ微笑むと、悠季はうっすらと微笑んだ。

悠季の意識が変わった、また、未夢も自分の変化に気づいた。

一言で言えば「お腹が軽い」まるでお腹の中に溜まっていた、でっかい異物の塊がストンと落ちたように感じた。 目に見える訳ではないけど今までに過去に一度も味わった事のない不思議な感覚だった。

また、悠季と未夢の変化に気付いたのは、本人だけじゃない、
約4、5年前から2人を知っている人たちは、声をそろえて「変わったね」と言う。

でもね、本当はね、変わったのではなく「本来の自分を取り戻した」結果なのです。

これで、終わったとは思っていない。きっと、いつでも、どこでも、これからも・・続く。
僅かな切っ掛けや、僅かなタイミングが、当然のように過去を呼び起こす・・と、思うから、

それをトラウマと呼ぶのか・・、想い出と呼ぶのか・・、
私は、想い出という箱に収めたい。悲しい涙よりも、温かい涙を流したいから。