ふとした時に何かを思い出す/突然甦る

突然、起きるショッキング体験(恐怖体験)などは「無意識」あるいは「意識」して処理される。

例えば、耐え難い出来事がいつも目の前でちらついていたら、『』も『身体』も動かす事すらできない、また、そんな日々の時間も、いつものように時を刻む事もできなくなる。

だから、その場をやり過ごすように「忘れた」「何事もなかった」と、短期記憶から排除します。ところが、この行為はただ単に記憶の箱(長期記憶)に閉じこめただけなのです。



トラウマとなった記憶

長期記憶へ保存された記憶とは、トラウマ記憶として1枚1枚の写真(映像)となって、保存されす。

この長期記憶へ保存されたとは、ただ単に、記憶を閉じ込めただけなのです。
そのため、閉じこめられた記憶は甦る

その時は、その1枚の写真(映像)として甦るのではなく、まるで、完成されたジグソーパズルをひっくり返して、バラバラになった、一つ、一つのピースを拾うように、ごく僅かな、一部、または、ワンカットずつ、突然、予期しないときに甦るのです。

僅かな記憶が横切ると、人は「これ、なんだっけ・・」などと、 記憶の回路を辿ります。

記憶とは連想ゲームのようなもの、
ほんの僅かな切っ掛けさえ有れば、連想が、連想を誘い、思い出す。

思い出した記憶が、トラウマ記憶と知らずに・・、
また、閉じ込めた記憶とも知らずに・・、

一生懸命に見つめて、必死に思い出そうと、脳をフル回転させて思い出すのです。

でもね、思い出した記憶にショックを受けたり、思い出したことを喜んだりもしますね。
嬉しい記憶が甦るのは、大歓迎だけれども、
思い出したくない記憶を思い出すのは、イヤですね。

ただ『脳ってすごいなぁ』と、改めて記憶の凄さを知りました。


長期記憶として、心の奥深く刻まれるのは、『抑圧』や『排除』の形なのです。

■トラウマ記憶として残る場合は、
体験の意味や理由などがわからない時です。または、記憶の箱に入れたくない、忘れたい、と、強く思うときも、記憶は保存されます、(厄介だよね~ぇ。)


幼児体験は、トラウマ記憶になる???

記憶の断片を思い出し、一つ、一つのピースを繋げていると
幼児期の頃を思い出した」なんて事はありませんか。

子供にとって、親は掛け替えのない存在。
そして、このことを一番よく知っているのも、子ども自身。

子供は、1人では生きてはいけない。その事を知っているのも、子ども自身。
そして、生きていく術を、大人(親)から学んでいるのです。


そんな子供が一番辛い出来事は、
1番、身近にいる親(大人)の出来事かも知れませんねっ。

例えば、夫婦げんかをすれば…、離婚をすれば…、再婚をすれば…、
親の人生だけが変わるのではありません、子供の人生も変わってしまうのです、


※大人でも子供でも、辛い出来事は「記憶から排除したい」と、思って当たり前なのです。
 でもね、困ることが1つあります、
 それは、楽しい想い出までも、心の中から消えて・・しまう事なのです。


長期記憶として記憶された出来事は

長期記憶として記憶されたものは、心の奥底で封印される。
(トラウマとなった出来事は強すぎるショッキングな体験、つまり恐怖体験なのです)

例えば、母親が、突然、消えた場合、子供は、親を責めず、自分を責めます「悪い子だから」とか「嫌われた」とか「捨てられた」などと、全ての責任を自分に向けます。

そして、悩んで、苦しんで、悲しんで・・・、母親の顔・声・しぐさ・楽しい想い出さえも、記憶の中へ封印します。この封印と共に「誰にも言えない」の思いも抱え込むのです。



すると、語られる記憶から排除されてしまいます。
その後、どんなことが起こるのか・・



苦痛な情緒は、身体症状に転換されるように、身体が苦痛を味わう、心は『無かった』事のように記憶を消す、そうして、日々の時をやり過ごして生きていくのです。

トラウマ記憶って、以外にも、厄介な存在なのです。数ヶ月後、数年後、数十年後、と、予期していないときに、飛び出してくる、かも知れないからです。

出来ることならず、封印せずに、1日でも早く自分の心と話をして欲しいです。

独りで悩まないでね、ひとりぼっちじゃないよ。