常識という色眼鏡を掛けていませんか?

数十年前には、精神医学的症状のある患者には、
「統合失調症」「抑うつ神経症」「妄想性人格」といった1つのラベルを貼っていた。

               すると
               ↓↓↓

  「複雑な問題を持っている人間をそのような『狭い箱』にどうやって
   押し込むことができるのか、」と、診断的取り組みは抗議された。

        その後は、臨床家は何も残さないように、

    適応可能な診断の全てを当てはめるようになった・・・が、
   「それで、いったい自分の何が問題なの・・???」・・と。

※その後、精神医学的診断の分類体系は、ずっと批判を受け続けてきています。


■適切な治療のためには【注意深い診断】。
  注意深い診断は、より深い理解より良い治療のために必要なのです。

  ◇ 自己理解は、「自分の発達」を知り、今ある自分という人間にどのようにして
          なってきたのかを理解すること。(ここから得られるのです)

  ◇ トラウマ体験は、有害な外的環境の影響や気質的な脆弱さと相互に絡み合ってい
           ます。ほんとうに複雑な影響を与えうるのです。

((書籍:トラウマへの対処)


日常的な時間の中で無意識に行われてる・・「ラベル貼り」

「ラベルを貼る」という行為は、日々刻まれる時間の中で行われています。

   例えば、・「大声をだす」から、コワイとか。
       ・「ソワソワして、落ち着きがない」から、ウザイとか。
       ・「何を考えているのか分からない」から、ヤダとか。

   そして、誰かが、誰かを「馬鹿」にしたり「嫌い」などの、
   そんな噂話が、耳に入ると、・・、、

人は、無意識にその人を『噂話の眼鏡』をかけて、その人を、見てしまいます。
(噂話の眼鏡とは、 バカ・キライ・コワイ・ウザイ・ヤダ 、など耳にした単語)

        これが、『ラベルを貼った』事です。



私は、この色眼鏡は嫌いです、例えば、サングラスをかけて料理をみつめたら、おいしい料理も不味く見えてしまう。つまり、その人が持っている「本来の姿を見逃し」てしまうからです。

ラベルは不要です、あなたの目を信じてその人の本来の姿を観て頂きたいです。



注意深い診断(観察)が必要

日常生活場面で、意識してまたは無意識に「ラベルを貼る」ことが多くあると思います。 これは、とてももったいないことです。

  例えば、子育て中の親が我が子について、
     「この子は、○○だから、しかたないのよ。」なんて、言葉をよく耳にしますが・・

  これは、親の視線が修正されず、子供は親がそう思っていることを知り、
  それ以上のことをしない。つまり、お互いが成長できないのです。

これは、とてももったいないことです。


ラベルを通して観る事で、本来その人が持っている、良さ可能性を引き出す事ができない。
お互いが成長するためには、ラベルを貼らずに自分の目を信じて見つめてください。

   それには、まず、自分を好きになること。
   自分を好きにならなければ、自分の目を信じることも出来ないからです。

   もしも、キライならば、どうすれば、好きになれるのか・・・、
   そして、私ならできると、自分を信じることです。


一緒にスタートしましょう。
よろしくです。