心と脳は(以心伝心?)、そして身体へ伝える。

心は理由も解らずに拒否をすると、脳は心を救うように、体になんらかの異常を示してくれる。


それは「ドキドキ」だったり「足が竦む」とか「お腹が痛い」など、
なぜそんな症状が起こるのか、理由が分からない症状が現れる事が多いと思います。


例えば、こんなことはありませんでしたか、子供の頃に、
「学校へ行きたくない」と思うと、都合良く『お腹が痛くなる』。『頭が痛くなる』。
そんな身体の不調を感じた事は、ありませんでしたか、

私は、頻繁にありました~ぁ、

もしも子供がどこか痛いなどと、訴えた時、親は子供の訴えを信じて欲しいです。

その理由は『心が病んでいる』かも知れないから・・、
親は「仮病でしょ」とか「私は仕事なんだ」などと、鬱陶しがらないで欲しいです。

時に、目に見える身体の病よりも、
   目に見えない心の病の方が、重大、かも知れませんょ。

こんな時は、精神科ではなく、内科・小児科がお勧めです。

病院へ連れて行き『異常なし』と言われても、怒らずに、子どもとの時間を作って欲しいです。
話をしたり、話を聞いたり、一緒に時を過ごして下さいね。

すると、“子供は親から信用されている” と、思い、 安心しますから。
こんな時を繰り返していけば、きっと、子供の心も体も元気になります。



実話とお願い

当時6歳の私は、何度も『お腹が痛い』とか『頭が痛い』などと、朝起きると養母に言って困らせていました。また、病院へ行くと、必ず「異常なし」の診断をもらいました。そのため、数カ所の病院をハシゴした事もあります。

それでも、養母は、ただの1度でも「仮病でしょ」と、言ったことはありません。



※この症状の原因は、今、だったら判る。
精神的なモノが大きく影響していたのです、自分を取り巻く、たくさんの不安。

当時の私は、『学校へ行きたくない』でも『行かなければ、この家を追い出される』と、自分自身に言い聞かせて学校へ行っていた。また学校への不安は、勉強と友だちの事。

そんな私は、ある時期から朝「お腹痛い・頭痛い」と、訴えるようになった。
そうして病院通いが始まったが、一向に治らない、すると、養母は、病院で先生に対してムキになって怒っていた、この様子を目にした私は『心配している、私を信じてくれている』と思い、なぜか、心がホッとし、その後は腹痛も頭痛も起こらなくなった。

当時の私にとっては、とても不思議な出来事でした。


※お願いがあります。
子どもが発する『痛い』の声に親は応えて、病院へ連れて行ってください。でも、できれば、精神科へ連れて行くことは止めて欲しいです、理由としては、最近、聞いた話で「なぜ、精神科へ連れて行かれたのか判らない」と、親の行動に疑問を持つ、子供の声を聞きました。

子供との信頼関係を築くためには、子供の声に応えて、内科や小児科へ連れて行って欲しいです、お願いします。



直ぐに忘れる!? この特権は子供だけじゃない。

子供は直ぐに忘れる」なんて、言葉を言ったり聞いたりしたことはありますか?

実は、直ぐに忘れるのは、子供だけじゃない、大人だって同じ、なのです。
忘れたように振る舞わなければ、立場上や生活するうえで、様々な支障が出るからです。

実は、この思いは、子供も同じなのです。
そして、心に傷をつくるのも「大人だけじゃない」子供も心に傷がつきます。


例えば、親の問題として考えられがちな『離婚や再婚』そして『大切な人の死』などを、見つめて、辛くなったり、悲しくなったり、苦しくなるのは、子どもも大人も同じなのです。

お願いしますね、どんなに幼くとも子どもは子どもなりに、その場の事情や、大人たちのことを理解します。きっと、人を見る目は、大人よりも子どもの方が鋭いと思いますょ。



子供を見つめて、

辛い出来事があると、子どもは無邪気に遊んで・・見せますが、、、実は、とても心が苦しいのです。心が苦しすぎるから、現実から目を反らすために、遊んでいるのです。

“子供は辛くない”、などと、勝手に決めつけないで下さいね。
無責任な第三者の大人たちの話に、子供の心は傷ついています。

理由は
① 無意識に学んだ「大人には逆らえない、また、逆らってはいない」が、心の中にある。
② 自分の意思を表現する方法や訴える言葉を、子どもは知らない、だから口を閉じている。
③ 子供は、耐えきれないから、自分の心を守るために、気を紛らすのです。
  例えば、側に子供がいて楽しそうに遊んでいると、自らその輪に入る。


※覚えておいて欲しいです。
大人が辛い出来事は子供も辛いのです。
子供は子供なりに、考えて行動していることを、大人は親は知って欲しいです。
そして「子供だから」と、除け者にしないで欲しいです。

子供もひとりの人間として、見つめて欲しい、よろしくお願いいたします。