回避と麻痺/ 忘れたい、避けたいと思う心

回避と麻痺は、心に傷を負った事により、無意識に行ってしまう行動なのです。

よって、ある意味では「対処」とも、呼べる行動なのかも知れませんね。
でもね、繰り返していると、もしかして、心の傷を深くしてしまうかも知れません。

回避と麻痺の心とは、覚醒の増強と侵入的な症状が混ざり合い、心に攻撃を加える。この攻撃に直面した心は、圧倒的な刺激を閉め出そうとする。⇒「自己防衛的反応」という。


自己防衛的反応

自分の心を守るために無意識に行っている回避と麻痺は、もしかして、心の傷を大きくしコミュニケーション力が奪われ、心を閉ざしてしまうかも知れません。

PTSDの診断基準-第3の構成要素に、トラウマと関連した刺激に対する「持続的な回避」または「全般的な反応性の麻痺」となる。

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◆ DSM-Ⅳには、これに関するいくつかの特有な症状をあげている。
1.そのトラウマと関連した思考、感情、または会話を回避しようとする努力。
2.そのトラウマを想起させる活動、場所、または人物を避けようとする努力。
3.そのトラウマの重要な側面の想起不能、重要な活動への関心または参加の著しい
  減退、他人から孤立している。あるいは疎遠になっているという感覚、感情の範囲
  の縮小 (例:愛の感情を持つことができない。)
  未来が短縮した感覚(例:仕事・結婚・子ども・または正常な一生を期待しない)


回避

対人関係がトラウマとなった場合
他の人と交わる事そのものが、不安や侵入的な体験を引き起こす。そのため、親密な関係を持つ事を恐れて、社会的な孤立を自ら歩んでしまう。

※ 親密な関係を持つことを恐れるのは
何時の日か拒否され、見捨てられるかも知れない、と予測するからです。


自己防衛が強力なため、「これ以上、心が傷つく事を避けたい」と、思う気持ちが、無意識に回避という形を選んでしまうのです。


麻痺には、神経化学的な基盤がある。

ストレスにより引き起こされた「無痛覚症」とは、痛みを遮断する身体的な麻酔に類した反応です(エンドルフィン反応という)つまり、この痛みに対して対抗する【身体防衛反応】の一部のようです。(この過程における伝達物質は内因性のオピオイドです)

PTSDに落ちっている人にとっては、ストレスがオピオイド反応を活性化して、痛みを感じない状態に導くのです。一見、たいしたことのないストレスによって、パニックや強い怒りが生じるのです。

抑うつ状態は、回避と麻痺の背景に存在します。

【書籍:トラウマへの対処とその他】

※回避と麻痺、無意識な反応だけれども・・・、これは「心の悲鳴」なのです。

そんな心と体を守るためにも『一時的に行う』というか『したくなる行動』なのです、その思いを尊重して、僅かな時だけでも、休息をとって欲しい・・・です。

※僅かな時間とは、
例えば、1週間、または1ヶ月以内ならば、自分の意識を変えた時に、以外にも、すんなり社会へ戻る事ができます。それには休息が必要、心も体も休める時間を作る事は最善の流れなのです。  


■回避と麻痺は、ほんとうに無意識に行う行動です。
自分を、自分の心を守るために、無意識に行っています。
私も、そして、きっと誰でも・・、そうなってしまうのです。