“信教の自由を保障する”・・とは?

憲法20条1項前段において、
「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」 と規定されている。
①信仰の自由、②宗教的行為の自由、③宗教的結社の自由、とされている。

 

上記の内容を読む限り、個人の自由が記されているように読み取れる、が・・、
現実は、親が信仰している宗教に、子供は自動的に入信の道を歩んでしまう。

 

それは、自由といえるのだろうか・・・、子供には選択肢が “ない” のでは、
親の人生は親のもの。ならば、子供の人生は子供のものではないだろうか。
子供だって1人の人間なのです。

 

①信仰の自由、②宗教的行為の自由、③宗教的結社の自由とは、

①信仰の自由とは、(20条+19条)
個人が内心において特定の宗教的信仰をもち、あるいは、いかなる信仰ももたない自由をいう。
②宗教的行為の自由とは、(20条+21条)
信仰に関し、祭壇を設ける、礼拝や祈祷を行う等の宗教的行為を行う自由のことです。
宗教的行為をしない自由、宗教的行為への参加を強制されない自由を含みます。
③宗教的結社の自由とは、(20条+21条)
宗教の宣伝や宗教的行為を行うことを目的とする団体を結成する自由のことです。
結社の自由(21条の)宗教版といえます。

 

旧統一教会が推奨している姿勢は、
上記の①②③を守っているのだろうか?

旧統一教会はその人が歩んできた人生を消す事を推奨している。その内容は、
①過去との決別。②家族との決別。③勤務先を辞めさせる職場との決別。④大切な物を焼き
捨てる。(例えば写真など)。⑤女性の髪が伸びていれば断髪。⑥交際している異性との決別。

 

上記の内容は、人が生きていく上でもっとも大切にしている記憶(過去)を奪う』行為です。
こんなの宗教じゃない、人がやることじゃない。意図的に孤独な道を歩ませている、

それなのに、

どうして、法人格なのか理解できない。
どうして、政界と繋がっているのか、全く理解できない。

 

 

◇旧統一教会への規制の即決を望む

 小川さん(仮名)の言葉
① 高額献金を規制する法律。
② 団体そのものを規制、解散できる法律。
③ 親の行き過ぎた信仰心により子供の人権が脅かされる。
子供を守る法律、仕組み、組織を作ってほしい。
④ 統一教会と政治家の関係が利用され結果的に勧誘や被害が拡大したので、
政治家側の行動基準について、法律でルールを定めて欲しい。

上記の内容は、とても理解しやすく「その通り」と声が出た。
政治家が手を切るとおっしゃるのなら、その姿勢を、目に見える形で表して欲しい。
即、実行して欲しいです。

 

newsにて、旧統一教会の仕組みや政治家たちの繋がりを知り、
操られている日本(政治家)が・・・、子供たちの未来が・・・・・・。
日本の政治家たちの目には、日本国民が写っているのだろうか・・・問いたい。

 

献金は、財産を奪わない。借金を勧めない。(あったりまえでしょ)。
ところが、財産を奪い、借金を勧める、この行為を推奨する団体は規制し解散でしょ。
子供だって1人の人間なのです。子供は、親の私物でも宗教の私物でもありません。

 

政治家たちは、選挙に当選したい一心で、旧統一教会という団体を利用したのですか?
そう考えている政治家たちは、自分が利用させていることに気づいていない。
でもね、貴方たちのお給料は日本で働いてる人たちが、必死に支払っている税金なのです。
もっと日本国民をしっかり見つめて欲しいです。

 

◆宗教ってなに?

どうして、1人でいると声をかけてくる? 寂しそうに見えるのかな?
宗教に全く興味が無いのに、過去に数回声をかけられた。そうそう最近もあった。
何年も何年も音信不通だった友だちから、突然、連絡が来た~ぁ。

久しぶりの再会、
私はウキウキ、連絡が来ただけでも嬉しかったから・・・、

 

我が家に来たときは、見ず知らずの人を連れてきた。夜八時頃だったかな、
この瞬間『宗教関係か・・』と、過ぎったけれど・・・、

 

会いたかった人だったから、見て見ぬふりを決め込み、再会を喜ぶ私は家の中へ招いた。たくさん、たくさん、話がしたかったのに・・・出来るわけがないよね、知らない人も一緒なんだから、会話は途切れ途切れで、なんとなく話していた。

 

すると、宗教の誘いが始まった。
「入らない」と、何度も何度も断っているのに、止まらない、誘い、
そして、突然、録画したトップの話を流し始めた。
「止めて」と、訴えても止めてくれない、それどころか画面を見せてきた。

 

このとき、以前の私なら出来ないことをした。

 

「帰って」と、下を向きながら声をかける、そのまま私は玄関前に立った。
それでも、なかなか立ち上がらず、座り続けるためなのか、出した飲み物を飲み始めた。
私は玄関前に立ち続ける、やっと歩いてくると、ゆっくりと靴を履く。
このときに見ず知らずの人が残した言葉は「いつでも声をかけて、待っているから」みたいなことを言った。私は、下を向いたまま、ただ頭を横に振った。

 

私の人生は孤独に見えるのかな、それでも私は絶対に宗教には入らない。
実は・・、一度ね、
集会に連れて行かれた事がある。
この集会に参加したことで、絶対に入らないと強く思った。

 

集会では「拝む」という言葉が連呼。
「拝んでいたから助かった」「拝んでいたから成功した」「拝が足りなかったから失敗した」などと、
全てが「拝む」という言葉へ繋げていた。そして、1人が話し終わると、全員で拍手喝采。

 

そんな話や行動を聞きながら見つめながら、『違うでしょ』と、心の中で否定し続ける私。
自分の努力が『拝む』に変えられた、自分が起こしたミスを『拝む』という行為へすり替えた。
私は全く納得できない集会でした。

 

集会後にかけられた言葉は、「入りたくなったでしょ、みんな集会に参加すると、入るよ」
「私は、入らない」と応えると、「なんで?」と、疑問符を投げかけられた。

 

そして、死後の世界を語る方には『なぜ、貴方は知っているの? 今、生きているじゃない』と。
冗談で話す分ならいいのですが、真剣なほど怖い形相で言われても、ね・・、
これを買えば、人生が変わる、過去の人生を断ち切らないと、子供が不幸になる。
などと、次から次へと不安を仰ぐ言葉ばかりを投げかけてくる。

 

神様は、お金を要求しない。人を不安にさせない。
どんなときでも、見守っているのが、神様だと私は信じている。

 

それらの言葉を聞きながら『いったい、誰が救われるの?』と、怒りが込み上げてきた。
『拝んで救われる人生なんてあるのか~ぁ』とか
『神様はお金がない人は、守らないのか~ぁ』などと、
私はいちいち心の中で反発ばかりしていたな~ぁ、
なんせ、ひねくれ者の私ですから・・・すみませんねぇ。

 

私は、宗教を信仰を否定している訳ではありません。
それは個人の自由です。
友だちに宗教を信仰している人もいます。彼女も私の大切な友だちです。
友だちとして付き合い続けていられるのは、お互いの意思を尊重し合っているからです。

 

救われるのは、自分の道を歩いているから、
自分の心が救われるんじゃないかなぁ。

 

旧統一教会すごいよね、
『合同結婚式』『養子の推奨』宗教がどうしてこんな事をするのだろうか・・?
人を、1人の人間だと認識しているのだろうか・・・、疑問しか残らない。

また、政界との絡みに驚かされる。政界の人たち、何がしたくて政治家をやっているのだろうか?
今回の事件で、ますます不信感を抱いてしまった、

政治家の人たちが旧統一教会からお金をもらっていたなら、それは信者の財産だよ、

「記憶にありません」と、主張する貴方は、何を守りたいの? 政治家の地位?

 

岸田総理の言葉『党の基本方針として当該団体との関係を絶つ事』という。
すると議員たちは、オウム返しのように「一切関係を持たない」と、ただ繰り返す、だけ。

 

なんにも、感じていないのか、考えていないのか、日本、大丈夫か~ぁ。

どんだけ、苦労して税金を払っていると思っているの。マジ、ムカつくわ。

 

みんな、選挙へ行こう。
一票が意味ない、と思わず、一票の積み重ねが、大きな力になる。

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